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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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世界が滅びたなら創りなおせばいいさ 君がゆっくり目覚めてから(『おやすみ、君は自由だ』 by 自分)



今日で世界が滅亡するとか人類が絶滅するとかってのが、まぁ世界中でそういうウワサが出回ってたようでね。

なんかマヤ暦の予言とやらで2012年12月にそうなるって説が多い中、「本当の解釈では2011年10月28日ですよ」って説の書物もあって、それが話題になってこうなったんだけどさ。

内容は人類滅亡とかなんとかとはちょっと違うんだけど、まぁ誰も内容なんか読んでないってことだろう。おまけにその内容読んでない人の騒ぎを聞きつけて一緒に盛り上がる人もいるもんだからね。

こっちは1999年7月のノストラダムスの予言ってやつで免疫ついてるから「またかよ」ってなね。

正直、確かに何かの大きな過渡期ではあるだろうと思うのだ。今現在がね。
でもそれは滅亡とかなんとかじゃなくて、後から振り返ってみると「あのころから変わってきたよね」ってな感じのことだと思う。
天災とそれに伴う人災の影響だとか、経済動向とかでさ、あるいは先日の光速を超えるニュートリノの発見とかそうもので世の価値観みたいなもんが徐々に変わっていくのかもしれないなぁとは思うってか、結構楽天的に、面白半分に期待してたりもするんだな。

そんでまぁ、誰だっていらん心配してたってしょーがないってか、個人にとっては今日人類が滅亡しようと、今日交通事故で自分が死のうとおんなじことのように思うんだがどうだろう?

人類の云々は置いておいて、自分自身は今日突然命を落とす可能性は常にあるのだ。なのになぜ人類滅亡って話になるときにだけ「悔いのないように」だの「やり残した事がどうの」みたいな話になるんだ?

自分にとって、突然車に跳ねられて頭打って死ぬのと、突然人類が滅亡するのとに何の違いがある?

人間は死ぬようにできているんだから、特に心配しなくても大丈夫。いつかちゃんと死ぬから。

そして自分が生きている限りは人類は滅亡しないのである。

もし自分が人類であればの話だけど(笑)

自分が死んだらその後人類がどうなるかって事は心配しないようになると思う。

自分が生きている限り世界は常に新しく創られている。

そんな単純な話。


ま、今回は(今回ってのは2012年12月説も含めて)滅亡はないと断言するよ。
もし僕が間違ってたとしても、誰も文句は言わないだろう。

そん時は誰もいないんだから(笑)










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