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海月屋・辻の日々

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論語読みの論語知らず



高校の時の古典の教師が、確か詩を書いてた人だったと聞いたんだけどね。

当時はあんまり教師というか大人の人と関わりたくなかったというのもあって、話もした事もないんだけど、面白そうな人だった。

授業に酒臭いままやって来て、机にぐで~っと寝そべるかのようにして、しょっちゅう話が授業ではないような事になっているという、今の時代では考えられんような人だったと記憶している。

ま、どっちにしろ、こちらはまともに話なんか聞いてなかったんだけど。

でも、具体的な記憶はあんまりないんだけど、その脱線する話の中で時々とても感心するような人生訓というか生きる態度みたいなものを言っていて、それが『論語』の思想だったりして、まぁ古典としての授業にもなってたような、なっていないような。

で、その論語から来た内容を言って、『ほ~、いい事いうなー』などと感心したり感動したりしてると彼は投げやりな口調で「私じゃないですよ。孔子様が言ったんですよ」なんてかわして、皆がいい話を聞いたのとその無責任っぽい締め括りのギャップに笑ったり、気が抜けたりした空気になったんだけどね。

それを突然思い出して、味のある人だったなぁとか思ったんだけど、そこでふと気がついた。

彼の「孔子様が言ったんですからね」ってやつ。
そのまんま『論語』の「師、曰く」っていう事だよなって。

なんちゅうか、ちゃんと原典のマナーに沿って語っていたんだな。

それって、つまり「師、曰く」でも「孔子様が言ったんですからね」でも、良いこと、ためになる事を語った上で、聞き手をそこで思考停止にさせない要素があるなぁと思ったのです。

言われた事を鵜呑みにして言葉の理屈を詰め込むだけに終わらせないテクニックといか、ある意味無責任な「この人の言った事だっていうんで、わたしゃ知りませんよ」的なものを漂わせて、あとは受け止めた者がそれを持ち帰って生活する上で役立てるために、自身で構築し直すことのできる余裕を作ってるみたいな。
思想を単なる知識ではなくて知恵として生かす。「あとはアンタが考えなさい」という自由度があるといいましょうか…


つまりは『生きた知恵』だよね。そういう力を保つ仕組みがあるんじゃないかね?

『こうなんである』じゃなくて『あの人が言ってたんだけどさぁ』ってのは。

その話を聞いてなんとなく心に残るものがあったら、その知恵が育まれていく仕組みになってるのかもしれない。

今度あの教師の口調を想定しながら『論語』を読んでみようかな?


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