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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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忘れてた事を思い出す

今朝は、朝っぱらから目の覚めるような出来事に遭遇。多分、他の人に話しても、分かってもらえることではないので話さないけど。遭遇というか、目撃だな。


さて、昨日チョッパーの話の後ですっかり忘れていたのだが、公園で写真を撮ったのだった。

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昨日、かつて森と呼んでいた場所で撮影した写真。真夜中になると、真っ暗になったこの光景の中で、樹木たちが面白いものを見せてくれていた。朝来てみると、胡弓の音色がどこからか響いてきていた。きっと誰かが練習しているのだろう。

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『青空はどこから青くなっていて、どこまで青いのだろう?』
初めて新品の自転車を手に入れた小学校の高学年の時、毎週日曜になると普段よりも早く起きて(今では考えられないな)、円山周辺を«ドライブ»した。円山公園で休憩がてら空を眺めては、よくそんなことを考えていた。
中学生になり郊外に引越ししてからは、たまに土曜の午後などにその自転車を駆って同じようにだだっ広い牧草地(というよりは、どこかの農家が放置してある土地に侵入してたんだが)に寝転がっては、空を眺めてそんなことを考えていた。
自分の肉眼で、空の始まる高さと、深さを見極めようとしていたのである。
もちろん、ただの遊びだ。それは終わりのない遊びで、そんないつまでもはっきり認識できない境界を探しながら、色々なことを感じ取っていた。
それがクセになったのか、未だに空をみて同じようなことを考えたりすることがある。

最近になって思うのは、そんな「空の境界」みたいなものが我々の周りにはたくさんあって、それはそれで、ハッキリとは区切れない在りようというのはなんでも「良い、悪い」「正しい、間違い」という二元論で片付けるよりも僕としては真実味があるように感じるってことだ。
思考というのはなんでも物事をハッキリさせて分類したがるし、そうしないと苦しんだりすることもあるけどね。
「あの人の言動のどこまでが本心で、どこからが本心ではないのか?」とか「自分が感じたことのどこまでが本当で、どこからが思い込みなのか?」とかね。

でも、空ってそんな境界がもともと存在していなくて、ただ青く深く広がっているんだよな。それをそのまんま眺めて「あぁ、綺麗で気持ちよいな」って思えれば、それでいいんだろう。きっと。

空に太陽が輝けば、地面に影が生まれる。光と影は二元論ではないんじゃないかい?




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