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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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町を出るのか それとも ここへ来たのかい(「Hello、Hello」by 橘いずみ)

昨日は榊いずみさんのライブのPAでございました。

サポートでビードローズの佐藤亙くんが帯同してるので、毎回声かけてくれて見に行ってるんだが、今回はPA。

そしてビードローズの面々がそろってバックを固めて北海道内を何箇所か周る予定だったのが、台風の影響で亙くん以外の2人がこっちに来れなくて、ようやく最終日に合流できたというのもあって、他の会場に行った皆様には申し訳ないんだけど、「トラブルを乗り越えてようやく揃ったね」っていう喜びが音に出てるような、音というよりもバンドのうねりになってるようないいライブでした。

去年、オレとビードローズでやった【円山純情倶楽部】のオープニングアクトにいしだこーすけくんを紹介したんだけど、そのご縁で今回もこーすけがOA。それからビードローズのステージ。なんかね、そこですでにいい感じだったんだ。

で、いずみさんのステージ前半は亙くんがサポートしして後半にビードローズがバックアップという流れ。

いや、音響上はちょっとリハでセッティングした諸々を崩して本番中に再構築みたいな申し訳ない展開になってしまったんだが、演奏の喜び具合と熱量がそれを凌駕してくれた。

その辺はやはりさすがである。

ところで、タイトルで紹介した『Hello,Hello』。
まだいずみさんが「橘」姓でミリオンヒットとか出してる時代のアルバム収録曲である。

オレが30になった年に発表された作品だ。

実は、ここ数年いずみさんのライブ観させてもらうようになって、ひそかにこの曲をやってくれるのを期待してたんだが、それが今回、ようやく叶った。それもラストで。

えっと、バラしていいかどうかよくわからんのだが、リハの時にやるかやらないかみたいな相談してるの聞こえちゃって「やってください!」って言ってしまいまして…
そのせいかどかはアレだけど、ついにね〜。ありがとうございました。

まじで泣けた。やってくれたのが嬉しくてとかじゃなくて、この曲そのものに泣けたのです。
ちなみに、今日久しぶりにCD引っ張り出して聴いたけど、やっぱり泣けた。

確か発表当時もなんども泣いたんだった。

なんでかは自分でもよくわからないんだけど、この曲は泣けるんである。
数々のヒット曲、代表曲はあれど、そして今現在もいい曲を沢山書いている人なんだけど、オレがいずみさんの曲としてまっさきに思い浮かぶのはこの曲である。

まずだな。
一応はソングライターの端くれとして、一体どうやってこんな歌詞を書けるのかが不思議でしょうがない。
一言で言えば「脈絡がない」んである。
もうちょっと学のある言い方をすれば「ビートニク的」というのかな?
あと、オレが連想するのはホールデン・コールフィールドくんの語り口だったりする。

ただ脈絡がないなら逆にやれないことはない気もする。
でも一応、「何か」はあるんだ。おそらくご本人も説明できない気はするんだが。
「火事を見た主人公」というのがいるんである。で、その火事の話を久しぶりに再会した友人に喋ったり、その友人が気難しいそうにしてるのを何かあったのかと気にかけたり、そこに酔っ払ったのかなんなのか、絡んでくるアブナイのがいて「やめろよ」みたいのがあって…

という説明をしてもわからんよな。

でそんなごちゃごちゃがあって、サビで主人公は「恋に落ちそうなんだ」とか「うまく眠れないんだ」と言う。だから「話を聞いてくれないか」と。
そう言いながら「せっかく会えたのにこんな話でごめんね」なんて気遣ったりもしてる。

こういうの書いてみたいな〜って思う。
でも多分ね、オレが泣けたってのは、この歌詞の中身とは直接関係ないんだと思うんだよね。
ただ、あのメロディに乗せられてこの歌詞が歌われるのを聴くと、そっから刺激を受けるんだ。オレの「何か」が。

それが多分、30になった頃のオレにとってアジャストしたんだと思うのね。
で、昨日はライブで。今日は当時の音を聴いて思ったのは、それは当時の自分のことだけではなくて、その時点からいまだに自分が持ち続けているってか、今は特に使われてないものだからどっかの奥の方で埃をかぶってるんだが、まだ自分が持ってることに気がつくというか、それをなんかのはずみで見つけちゃって「あ、オレまだコレ持ってたんだ」みたいな。
で、それ見たら何がどうでとかって筋道を頭で解釈するより先に泣けてきたってな話だ。

それでもなんとか冷静に分析してみよう。もちろん、後付けの屁理屈をこじつけてるだけだが。
まず、この曲を聴くと勝手に連想する風景があるのね。
アメリカ映画に出てくるような荒涼とした砂漠地帯にあるような田舎町の風景。
よくあるじゃん、『トレマーズ」みたいなさ、人口が200人とかの。

で、そこに一軒しかない酒場があって(西部劇にでてきそうな)、そこで再会した友人と話し込んでるみたいなね。

その風景と主人公から感じる気分が、きっとオレの30になったばかりの頃の心象風景なんだと思うのよ。
そこをこの曲で暴かれるんだよな多分。

なんかこう、「結局なにもなくうっかりしてる間に30になっちゃった自分」ってのが居て(当時、自分にとって30歳というのはある一つの時代の終焉を意味してた)、それは最初は火事だって気がつかなくてぼんやり眺めてるうちに、炎に巻かれてる人に気が付いた時にはなんとかしようにも間に合わなかったって言うような… それを引きずってるつもりもないんだけど、もしかしたらどうにかできてたかもしれないのにって引っ掛かりがずっと残ってて、誰かに話しておきたいとかさ、そんな感じの。
でもね、話したいと思う相手にだってそいつの抱えてる問題はあるんだし、それも気になるけど、せっかく会えたんだしせめてこの時間だけども楽しくしたいなとか、でも結局相手の様子をうかがったり自分が引っかかってる火事の話もしたいしみたいな堂々巡りがあって…

そんな時に、なんだかわからない荒くれた者(気分?)がやってきて因縁をつける。つまりオレや友人にケチをつける。ナイフまでちらつかせる。それはきっとオレや友人を傷つける、へたすると致命傷を与えかねないもの。そしてもしかするとこの日常を暴力的に切り裂くものだ。
それもきっとまた自分の中にある「何か」
その「何か」に向かって自問自答する
「この日常に来たのか? それともここから出て行こうとしてるのか?」

で、おそらく主人公が誰かに伝えたいのは、聞いて欲しいのは自分が「恋に落ちそう」ということ「うまく眠れない」と言うこと。
ワンコーラス目では友人に。2コーラス目ではそのナイフを持った輩に伝えようとしている。

「恋に落ちそう」というのは、幸福でもあり悲しくもあり、張り裂けんばかりに苦しいもので舞い上がるほどときめくものだ。 そして「うまく眠れない」というのはきっと明確な理由もわからないまま不安や興奮や悩みや焦りに翻弄されて制御できない状況。

それを主人公はおそらく世界に向かって伝えたいのだ。

要するに「オレはこうです」って。

その気分が嬉しいのか悲しいのかもわかってない。ただそれをそのまま誰かに聞いて欲しい。

という歌なんじゃないかと。ってかって言うのが当時のオレだったんじゃないかと。

そんなことをだな、当時なんとなく持ってたものを久しぶりに見つけて、埃を払いながら考えてみた。

なんか、この曲って自分の中にあるそういうもんをぼろっと一掴みにして引っ張り出すようなスイッチになってるんだと思うんだよね、だからオレ、自分が嬉しくて泣いてるんだかなにか慰められて泣いてるんだか、悲しみを喚起させられてるんだか、そういうの一切わからないで泣いちゃってるもの。
なんかその辺が、さっきコールフィールドくんの名前だしたけどさ「ライ麦畑でつかまえて」を読んだ時の感じと似てるかもしれないな。

おそらくね、書いた本人にそういう意図はないと思うのよ。
オレが勝手にそんな解釈しちゃってるだけで。

でもそういう誰かのスイッチ入れちゃうような曲書くってすごいよね?

それがそもそも明確なメッセージ打ち出すでもない、こういうとりとめのない歌だってのがまた…

こういう曲って書きたいけど多分どうやったら書けるだろう?って考えて書くもんじゃないんだろうな。

って、この文章自体がとりとめないな(笑)

何か飲もうか?













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