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海月屋・辻の日々

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サザンと元春の新曲から読み取る「螺旋」

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昨年デビュー40周年を迎えたサザンオールスターズ
来年デビュー40周年を迎える佐野元春

一年の間を空けてデビューした二組が一日の間を空けて新曲を発表した。
サザンが8/12
元春が8/14

今日は空き時間と移動中にず〜っとこの二曲を繰り返し繰り返し、そして繰り返して聴いていた。
どちらもなんか好きだ。正直、どちらも久しぶりに自分のツボにアジャストした感触がある。「繰り返し聴くのが気持ちいい」ということ自体が久しぶりである。

サザンはバラードナンバー『愛はスローにちょっとずつ』
元春はスカビートの『 /愛』(と書いて「愛が分母」と読むらしい)

と、音だけで判断するとずいぶんとかけ離れているようだけど、なんだか自分の気分の中では共通の空気があるのね。

まぁどちらも「愛」ということを前面に出した曲なわけです。それもサザンは失恋の元春は求愛の歌と言っていいと思うんだが、いずれも「自分の想いびと」に向けての愛ね。人類愛とか家族愛とかそういうアレではなくて、そういうニュアンスをしのばせるんでもなくて、まっすぐにいにしえからの流儀に乗って、「愛おしい人」を歌っている。

本人たちがどういう意識でいたかはわからないけど、デビュー時から聴いていた身からすると、ここ10数年くらいの双方の楽曲のほとんどがたとえラブソングの体を取っていても、その背景に「人生のなんたるか」とか「現代の風情」みたいのが感じ取れるってのかな? まぁ勝手になんだけど、そしてそれはそれでやっぱり秀逸な作品であったと思うけど。そこに両者のキャリアの積み重ねとか、聴き続けたこっちの年齢の積み重ねとかを感じれたし。

それが両者とも今回は、そういう全部をさらっと捨てちゃって(といっても滲みでるけどさ)、脇目も振らずただ「君が好きなんです」ってことにフォーカスしてるのよ。思春期かよってくらいに(笑)

なんちゅうんだろう? 別に昔の気分に戻ったわけではないと思うのですよ。そういう身も蓋もない恋愛の歌にさ、「人生」とか「世情」とかを取り込みながらキャリアを進んできた過程で、その先のものとしてこういうラブソングになったんだと思うんだよね。
進んだ先がいつか見た景色に似てるみたいな。

だから、ここでも最近自分の中で流行している「螺旋理論」に当てはまるわけです。

ちなみに、サザンのはAメロの旋律が「あ、やられた」と思ったよね。誰でも思いつきそうなくらいシンプルだけど一瞬にして空気を描いちゃうようなメロディ。なんだろ? 「これは盲点だった」みたいな。

元春は各コーラスの最後の「Say Yeah!」がね。にやける。還暦すぎてもこんだけキュートに「Say Yeah!」ってキメてくるんだな。コレ「Say Yes」だったらチャゲアスになるところだったな。危ないところだぜ。

話がそれた。

それでさ、どっちも「大仰」じゃないんだよね。片や「真夏の果実」とか「TSUNAMI」の系列であるお涙頂戴のバラード。片やスカパラホーンズをゲストにかました軽快なスカナンバー。どっちも過剰に盛り上げようと思えばもっと派手に行けたはずなんだけど、そうはしない。多分、意図的に抑えてる。曲の構成もアレンジやミックスも、歌い方も。サザンなんてこういう系統の時にお得意の、駄目押しみたいなCメロ展開とか大サビとか抜きだもん。

ついでに言えば、音圧もだね。元春は一貫してこれまでもそうだったけど、サザンはやっぱ宿命的に時流に合わせた音の作りをしてたからさ、ここ10年くらいのはちょっと自分的には厳しいというか疲れる音像だったんだけど、今回のはイメージはそのままに、うまい具合に隙間を取ってるなと思う。

そういうのがね。全部「軽やかさ」とか「優雅さ」に昇華しちゃってる。

そんでこっからが大事なところなんだけど

そのシンプルさの中でさ、サザンのアルバムで言えば「ヌードマン」あたりから「YoungLove」あたりまでの、元春は「サムデイ」から「フルーツ」くらいまでの空気を蘇らせてるのね。その頃のエッセンスを盛り込んでる。いや、その上でもちろん現在の音なんだけどさ。なんか「ホラ、みなさんこういう僕らが好きだったんでしょ?」ってやられてるような感じ。

ん〜、聴いてるこっちの気分が、そういった時期に聴いてた気分にさせられるってのかな?
ちょっとビックリするよね。
「あ? オレまだこんな気持ち持ってたの?」みたいな。

えっと、決して懐古趣味的に過去の情感が蘇るとか、昔のことを思い出すとかってアレじゃないよ。

「自分が今持っているもの」として感じられるのね。アレは若い頃のものだって思い込んでたものが実はそうではなかったというような。だからまぁ、こっちはこっちの螺旋を経過してそういう心境なのかもしれないけど、送り手のソレと受け手のコレが合致するってのはなんかあるよな。

これね、本当に「どれ、ここでひとつ昔の風情でみんなを沸かせようか」みたいな狙いでやって、昔と同じように派手派手にぶちかまされたら、こっちも「あ〜、若い頃はこういうので盛り上がったな〜、懐かしいな〜」っていう気に入り方をしてたと思うんだけど、彼らは彼らでいろんなものを経過したのを踏まえて素直に今やったら、こういう慎ましさで出て来ましたってのがあるから、こっちも今現在の自分として、昔と変わらない感情を実年齢のものとして満喫できるんだと思うのね。

まだガキの頃からこの二組を聴き続けて来てさ、いい歳になってこんなものを聴けるなんて、幸せなことだな。今の若い人たちはこの二曲を聴いてもちょっとこんな風には感じないだろうね、とか思うと贅沢してる気になる。40年聴き続けたからこその快感だ。

これからも彼らは色んな曲を(おそらく、彼らなりにバリバリにアップトゥデートな曲も出すだろうし、力入りまくりの挑戦もするだろうし)出すだろうけど、どちらも「キャリア40年」なんていうワードがちらつく中で発表したのがこういう曲で、しかも「満を辞して」って風情が曲の中に皆無で、こんなにさらっとやれるのがね、かなわないな〜。なんだこの肩の力が抜けてる味わい深さは。

いつまでも憧れの存在でいてくれるのが嬉しい。まだまだ「この先」ってのがありますよって言ってくれてるみたいだ。









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