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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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How does it feel?(「Like a Rolling Stone」by Bob Dylan)

度々言っているが、この日記は毎回一切の推敲も校正も行っていない。

たまに、ちょっと固有名詞などで気になったり失礼にあたる誤字なんかに気がつけば修正するが、基本的には誤字脱字、文章的におかしなところがあっても、それを含めて「その日の記録」としてそのままアップしている。
要するに、書き終えたら読み返す事なく更新しているのです。

それはそれで楽しんでいただければ幸いと思っているのだgs、それにしても昨日のは酷いな(笑)
まぁ、直さないけど。

まぁ、もしかしたら時代が変われば、こういうブログでの一個人の日記が、しかも誤字脱字だらけなのが功を奏してノーベル文学賞に選ばれたりするかもね(笑)

あの、ちょっと「ディランのノーベル文学賞についてコメントしないんですか?」的なお問い合わせをいただいたので、「ネタ」を与えられたつもりでコメントします。

まず、オレはそんなに大してボブ・ディランに熱中して聴き込んだことがないんですよ。
「ライク ア ローリングストーン」を始め、何曲か好きな曲はあるが、それも主に歌詞の内容ではなくて、まずサウンドが好きなのね。その歌い方とか、言葉の響き方も含めてのサウンドだけど。

なので、歌詞だけを取り上げて「文学賞」と言われても、自分の中ではまったくピンと来ない。

もちろん、ロック史なんだかポップス史なんだか文化史なんだかの中でディランの存在が大きいのは理解している。
歌詞に文学的評価を与えられるのも理解できなくはないし、これまでだってそういう評価はされてきていると思っている。
まぁ多分、彼の何が凄いのかってのも理解しているつもりではあるが、個人的にあまり「あ〜ディランが聴きたいな〜」とか思うことがないんである。
そのクセ、「この人、ディランの影響受けてるんだろうな」と思える人は結構好きだったりする。

それhそれとして

そういうことなので、ディランがノーベル文学賞を取ろうがどうしようがあまり関心がない。

さらに考えると、アレを受賞することがディランにとって特に何もメリットとかないだろうなと思っている。
受賞理由みたいなもは、散々今までのキャリアの中で評価されているし、認識されているだろう。まして、本人はそういう評価や認識を求めてるのかどうかが非常に怪しい。

要するに、今まで評価されてきたことをノーベル賞側が「その評価認めます」と言ってるだけで、それによって何があるわけでもないだろうと…。
強いて言えば、ノーベル文学賞にロックアーティストを選ぶこともあるんですよ。選考委員って結構開かれた見識持ってるでしょ? ってな事しかないんじゃないのかと。

専門的な研究で世の中に貢献したとかの、普段一般の方に見えずらい部門にスポットを当てて、功績を讃えることで認知を高めるとかいうのとは違うでしょ?

散々知られた存在を、その多くの人に注目され影響を与えた理由で称えますって、なんかよくわからん。
ノーベル賞を受賞したからディランを聴いてみようって人がそんなにいるとも思えないし、ディランをいいと感じる人なら、すでに聴いてるだろうって思うのさ。

文学性が高かろうとなんだろうと、大衆音楽である。
権威のある一部の組織から評されるよりも、ライブで客が熱狂する。作った歌をみんなが歌うことが大事でしょ?

なんか、もっとまだ知られてないような小説家だとか詩人で優れた人に賞を与えることで、その人物や作品に多くの人が発見するような選考をするのが「権威」の役割なんじゃないかなと思ったんだよね。

ディランってある意味、もう十分に彼自身が「権威」じゃん。それを、よその権威が「君に賞を与えよう」ってのが、なんかピンと来ないんですよ。

なんか、毛色の異なる権威を評価することで自分らの権威に注目させようとか、逆にノーベル賞に関心のなかった層に認められようってな下心があるんじゃないかという気もしている。

ノーベルさんはどんな気分だろう?















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