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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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あるロックンローラーのおかげで






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誕生日おめでとうございます。

毎年この日は言葉少なに日記を記していた気がするけど…

音階はもしかしたら長くなるかも。


もうずーーーーっと昔の話。
まだ桃太郎も拾われて間もない、鬼退治に向かう前くらいに昔のことだけど。

僕はまだ小学校の低学年くらいの頃の記憶。

その頃はまだビートルスなんて存在を知らなくて、当時の音楽に関する記憶個人的な記憶と言えば「フィンガー5」が好きだったこととか、ラジオから流れてくるフォークソングの幾つかがちょっとよくわからないけど心惹かれるものがあったとかそのくらい。

なんか妙に記憶に残ってて今考えると笑えるのが、井上陽水の『青空ひとりきり』の一節「楽しいことならなんでもやりたい、笑える場所なら何処へでも行く」ってあたりをアイロン掛けしてる母親の近くで歌っていた時に、母親からいきなり「今からそんなことでどうすんの!」と言われた事(笑)。

当時は「?」だったんだよね。なんで歌ってる時に急におかあさんに注意られるんだろうって。
まぁ、結果的に母親が懸念したような人間が出来上がることになるんだけど(笑)。

さて、そんな時代のいつだったかに
夕食の買い物かなんかに一緒に行って、母親と歩いていた時のこと。
なんの流れかは忘れたけど、会話の中で母親に「どうしてお腹がすいて食べ物がない人たちに食べ物をあげたり、貧しい人たちがちゃんと暮らしていけるように世話をするように世の中はできてないんだろう? なんで戦争なんかがあって、よその国の人たちと助け合ったりしないんだろう?」みたいな疑問を投げかけたんだな。言葉はもっと拙いものだったと思うけど。

そうしたら、母親はちょっと不機嫌になったような感じで(子供の頃はそう感じたんだよね。母親の空気がちょっと不機嫌というような…)「そういうのはキョウサンシュギでしょ」と、まるでいけないものの考え方のように言われた。
あくまでも子供の自分がそう感じただけで、母親は考え方とか「そういう思想の呼び名」みたいなものを教えただけのつもりかもしれない。まぁ考えると連合赤軍がどうしたみたいな騒動があって間もない頃だと思うし、その「キョウサンシュギ」的な思想は危険を孕んでいるとか、正しくない行いをする主張のような風潮が世間にあったのかもしれない。

僕自身は「キョウサンシュギ」ってものが何なのかもサッパリ分からなかったけど、そう言われたことと言葉の響きをずっと覚えてることからして、なんか非常に子供心にインパクトを感じたんだと思う。それよりもインパクトは劣るが「よの中はそういうものじゃない」的なことも言われたと記憶している。

当時は母親も今の僕よりもはるかに若い年齢なんだし、うまく説明できなかったんだろうな。

とにかく、その時の「空気」みたいなもので僕は話を続けるの控えたんだよね。疑問を抱えたまま。
なんか「大人の人に言わないほうがいいのかもしれない」というような事を感じたんだと思う。なので、以後そういう話を大人に投げかけた事はなかった。

今考えてみたら、単純に子供らしい「困ってる時には助け合いましょう」とか「みんなで仲良くしましょう」って事なんだよね。その方がいいのに「なんで世の中には困ってる人がいるのに、得をしてるクセに知らん顔してるんだろう」とか「仲良くしないで戦争してるんだろう」という素朴な疑問があっただけなんだけど。

思春期を迎えて間もない頃、横山くんがみんなに広めたバンドに夢中になった(その時はすでに解散してたけど)。だんだんとそのバンドを詳しくしっていくうちに、自分の好きな曲を作ったり、歌ったりしてるメンバーが同じ人であることに気ががつく。

今度は、解散後のそのメンバーのソロ作品を追いかける。

最初に心を捉えたのは、自分の奥さんの事を歌にした曲だった。
「真夜中に君の名前を呼ぶ、風呂の中で君の名を呼ぶ」みたいな事を歌ってた。

その歌を、自分が好きだった女の子に重ね合わせて聴いていた。


そしてその曲が入ったアルバムの一曲目の訳詞を読んだ時に「アレ?」っと思った。
ずっと引っかかってた事。
何年前だったか、買い物の帰り道に母親と会話してた事。

「貧困も飢えもなく、みんなが平和に暮らしてる世界を想像してごらん」「世界中が分かち合ってる世界を想像してごらん」

あ、そうだよ。想像してたよ。

「アナタは僕を夢想家というかもしれないけど、そう考えるのは僕一人じゃない」「君も同じ気持ちでいるなら、世界はひとつになるよ」

この人、大人なのに小学校の低学年と同じ発想じゃん(笑)
大人が「世の中そんなもんじゃない」というような事を考えてる大人がいるんじゃん。
そうか、同じように考えてるのは一人じゃないんだな。

とかね。

そのすぐ後に残念な、悲しい事があったけど、ニュースでものすごくたくさんの人たちが、彼が住んでた周りに集まって、ロウソクを手にその歌を合唱しているのをみた。

一人じゃないどころか、こんなにたくさんいるんじゃん。


そんなこんながあって…

その後僕も「キョウサンシュギ」の事も「ミンシュシュギ」も「シホンシュギ」も、そのほか色々な事もなんとなく知って行くようになるんだけど、どの「シュギ」だって立派なもので、それを掲げて何をするかってのが問題だなと思うようになった。
そして僕自身は「シュギなんかいらない」と思っている。そういうもんが話をややこしくしてるんじゃないかって。

「困ってる時には助け合いましょう」とか「みんなで仲良くしましょう」が大事で、楽しい。

楽しい事ならなんでもやりたい、笑える場所はその先にあるんだろう。

もちろん、今の世間でまともに生活していこうと思えばそんな事も言ってられないし、自分の中に「得をしたい」という欲望があるのも知ってるし、誰とでも仲良くなれる性格でもない。

でもきっとね、仲良く出ない相手と戦うのではなく、仲良くできない根本と戦うべきなんだよね。

相変わらず、ニュースなんかを見聞きすると小学校低学年の時の発想が自分の中にあることに気づく。
あの頃よりも多少知恵はついたし(という気がしてるが錯覚だろうか?)、経験もしたとは思うが、やっぱり当時と同じようなことを考えてるんだよね。


たとえば

今、この国は軍需産業を盛り上げようとしているようだ。さらに憲法を変えてまで積極的に戦争、紛争にも加担しようとしてるようだ。
多分、経済的な理由もあるだろうし政治的、外交的な事情もあるんだろう。いろんな思惑もあるんだろう。

だけどさ、戦争のための道具つくったり戦争に参加しなくたって、国際貢献をして経済も回していく方法はあるんじゃないの?と思ってしまう。
「積極的平和活動」みたいな事いうなら、戦争してないでほかの国にも戦争しなくても済む付き合い方を積極的に示す方向でいけばいいんじゃないの? って。
そういうので、世界一の水準になるのね。

兵器を開発製造する代わりに、そういう予算や知恵を使って自然災害なんかの時に役立つ機械や、被災者保護、支援のノウハウを研究開発して輸出すりゃいいじゃん。
そんで、自衛隊とかもレスキューのスペシャリストたる訓練をして、国内だけじゃなく、世界中で自然災害に見舞われた場所があったら出動するの。

もう、その国の主義だの国際的な評価だの、宗教性だの、思想主張だのどうでもいいから、地震や津波や火山噴火、洪水、台風とかで被害にあった場所を助けに行く。「国際救助隊」にしちゃえばいい。
なんせ国内にそういうのがちょくちょく発生するんだから、経験も豊富だし、被災者救済の問題点とかもしっかり研究して改善できるハズでしょ?

で、そういう災害が発生する場所には、役立つテクノロジーを輸出する。レスキューノウハウの指導も含めて。

誰かを攻撃するのではなくて、誰かを助けることで国際貢献する。

どこの誰にでも役立つ。

そういう存在になれれば、この国を攻撃しようとするのがいたら世界中から怒られるんじゃない?
困ったことがあったら主義主張が違っても助けてくれるんじゃない?
自分たちの平和のためにいなくては困る国なんだもん。

とか想像してみる。

きっと「世の中はそんなもんじゃない」と言われるんだろう。

じゃあどんなもんだ? 

ってことを考えていけば、少なくとも色々と「そんなもんじゃない」で片付けてはいけない事が見えてくるよね。

とかいう事を夢想するオッサンになりました。
「大人には言わない方がいいかな?」って思ってたことを、大人になってから日記で公表するようになっちゃった(笑)

アナタが僕より先に生まれてくれていて良かった。

ありがとう。

誕生日おめでとうございます。



















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