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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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信じていても信じないままでもそこに在るものに変わりはない(『神様の調べ』by自分)

ということで帰ってまいりました。

どこへ行ってたかと言うと

高野山

でございます。

まぁ、かねてから行けたらいいなと思っていた場所ではあったのだが、自慢じゃないがそんなご予算は持ち合わせておらず、それが行けることになったのね。
ん〜と、家族のご用事です。細かに説明するのもなんなので簡潔にすると「納骨」に行った訳でございます。身内の方々と行って来た。

つまり我が家は真言宗なのだけれど、それとは関係なく以前からちょっと宗教(というのは違和感あるんだけど、わかりやすいと思うので)的なものを色々と興味持っていく内に、空海さんの思想というのかな? もっと単純に発想でもいいんだけど。それに興味を持って、アレコレ調べたりしてたのね。
ひとことで言うと「神仏習合」をやった人と捉えているので。

もうちょい細かく言うと、若い頃に山に篭って修行してた頃に、おそらく山岳修験者とも関わりがあっただろうし、それまで日本では一部貴族とか身分の高い人たちの学問というか嗜みというかで非常にアカデミックな扱いだった仏教を庶民の救いへと浸透させるために神道との融合を試みた(そしてそれは無意識ながらも日本人の生活習慣や深層での価値観の基礎となるくらい成功してる)りしたってのがあってですね。
で、修験道と神道も微妙に関連しているし、それは元を正せばまだ神道なんて形になる前の、多分縄文の頃からあったであろう信仰というか、そういうカテゴライズさえ難しいくらい「生き方」ってか「存在の置き方」に関わっているものだと思うのね。

これはよく分かってないなりに自分でアレコレ興味の赴くまま調べたり考えたりした事のアレだけど。
で、多分空海さんはそれを体系的にとか理論を構築するのに仏教、真言密教を引っ張って来たとか、ブレンドさせた人なんであろうと。理屈よりも直感的に融合をさせようとしたんじゃないかと思うのよ。

いや、これが本題ではないのでものすごく大雑把な話しちゃったけど。つまりそういうのもあって空海さんには興味があって、高野山も行ってみたかったので、今回の用事はありがたい話であった。

で、初日は高野山まで行って宿坊に一泊。まぁこういう時期なんで空港も列車も現地も非常に空いており、下手に延期してみなさんの油断がある頃に出かけるよりも感染リスクは低かったと思う。なんせ泊めてもらった宿坊が我々以外全部キャンセルだったらしいし。

宿に着いて豪勢な精進料理をいただく。
「豪勢な精進料理」って言葉に矛盾があるような気もするが、要するに観光客に向けて精進料理ベースでの持てなしであろう。美味しかった。

で、翌日「奥の院」に行って骨を納めて来たんだが、以前、高千穂方面に行った時と並んでものすごい気に満ちてまして。あんなに幸福な気持ちで墓所を歩くなんてね。ん〜、もう観光名所としても成立しちゃってるからアレだけど、そうなる前はもっとすごかったんだろうな。

で、納骨が終わって身内は色々見て廻るって事だったので、オレはしばらくその気の中に居たくてこっから単独行動。
しばらく奥の院周辺を散策(ようするに墓場をだ)してから、この仏閣都市をプラプラと歩いて、反対側の総本山金剛峰寺まで。
どこもかしこも寺だらけの街にも飲食店もあれば警察、消防所、役場に郵便局など各種取り揃っておる。コンビニもあればスナックまであって、さすがに驚いた。

もうね、色々感じたことや考えたことはあるんだが、基礎知識としてどっから説明したらいいのかわからんので省略するよ。
で、「壇上伽藍」を見て、またそのちょっと横にすんごいパワフルな場所があったりしたんだけど、伽藍の中もすごかった。あれさ、険しい山の中にあんだけのものを作ったって事でも感心しちゃうけど、当時の、おそらくものすごい苦しみや痛みを抱えた庶民が救いを求めて山を登ってたどり着いてアレを見た時って、なんかJR、ゴンドラ、バスを乗り継いで「どれどれ」みたいな感覚で来た人間には感じられないくらいの圧倒的なものを感じただろうなと思う。
あれ、理屈でどうこう理解するもんじゃなくて言葉を超えて体で体験するための装置なんだろう。

ん〜、今まであんまり煌びやかな神殿とか宗教施設とか好きじゃなかったけど、絢爛豪華にすべき理由はそういうところにあるのかもね。他のものは全部質素だったし。

それから下山しまして、翌日に丹生都比売神社には行っときたかったんで、そのための宿を探して一泊。
いや、旅行って基本的に観光自体には興味ないしノープランが好きなのです。
なんで普段の生活と同じように時間気にしながら予定立ててあっち見たりこっち目指したりしたいのかと。別にそれが楽しい人はいていいと思うんだが、オレはちょっとそう言うのは好きではないのね。行った先の場所の空気を感じながら無為な時間を過ごすのが一番贅沢だと思っているので。

と言うことで、身内と別れてから丹生都比売神社にいくこと以外何も決めてなかったのが功を奏して、残り2泊の宿はどちらも事前に予約してたら倍以上の金額になるところに泊まって来た。
安普請のビジネスホテルよりも安い値段で、しかも部屋が空いてるからシングル料金でツインの広い部屋。大浴場貸切状態で、到着直後と夜中と朝に風呂入る。ビバ!行き当たりばったり。

丁度「紀ノ川」が流れてるあたりだったんで、ちと街並みを散策。
翌日も紀ノ川の川べりをのんびり散策。水がすごく綺麗で遠くの山が鏡のように反射していた。
それから丹生都比売神社へ。今度は小さなバスで山をどんどん登っていく。
この神社、簡単に言うと空海さんが高野山を拓くにあたってそこの山々に住まわれる神道の神様に許可をいただきにご挨拶に行った場所である。神仏習合の始まりと言われる場所。

HPとか見るとそれなりにど〜んとした構えで、結構広々とした場所で綺麗に整備されてるんだろうなと想像してたのね。きっと観光名所仕様になっちゃてるんだろうなと(それ、あんまり好みじゃないので)。
そしたらさ、全然違って嬉しかった。
朴訥としていてワイルドだった。
なんか山の中の農家とかがポツポツ点在してるような場所でさ。昔はそれなりに豪華になってたんだろうが、それがそのまま色褪せたりしてるような感じで。狭いし。
なんか観光地巡り好きな人だとがっかりするのかもしれないけど、オレなんかはグッときちゃう。
で、丁度両家合わせて10人程度での結婚式やっておりまして(考えてみれば平日の昼間だ)、なんかここを選んでこの人数(本当にお互いの家族だけみたいな。親戚とかいないと思う。新郎新婦の両親と兄弟の家族くらいまで)で慎ましくやるのって何かしらの思い入れがあるんだろうなとか思いつつ。

あ、それでこの神社の鳥居からお邪魔するときに出迎えてくれたのがトイプードルでして(笑)
オレが鳥居で頭を下げて、あげたときに突然目の前にいて、近づいたらゴロンと寝っ転がって腹出しちゃって。なんて無防備な。しょうがないから腹なでてやったら、休むと催促しやがる。
飼い主も見当たらない。多分近所の人とかが飼ってて、好き勝手に散歩させてるんだろう。つまり放し飼いだ。でもかわいいベストを着せてもらってた。

もうキリがないなと思って立ち上がったら、犬も起き上がってどっかへ行くのを見送ってたら、途中で立ち止まりこっちを振り返ってじっとしている。
近づいていくとまた駆け出して、また振り返って待ってる。

ということを何度か繰り返して、神社の横の空き地の中に来たらまた心地よい力を感じる場所でございまして。しばらく身を委ねてるうちに犬はいなくなってた。ここに連れて来たかったんだね。

んで境内の横には修験者の石碑と、梵字で真言が刻まれたでかい石版が野ざらしで立っておりまして。これにまたグッとくるわけです。修験道と神道と仏教が一箇所で交わってる。お互いがお互いに影響しあって融合してるってことね。野ざらしで。なんかよくわからない虫とか飛び回ってるし。なんて素敵な。

それから一応和歌山市に向けて列車に乗るんだけど、途中で二箇所くらい駅を降りて散策。
なんでもない、特に見るところもない田舎町なんだけどちょっとやまの麓辺りにいくと、ちっちゃくてボロボロの祠とかがありまして。ん〜、さっき書いた「絢爛豪華が苦手」ってのはですね、こう言うことなのね。壇上伽藍はいいとして、きらびやかな神社仏閣とかさ、結構時の権力とかそういう都合で、政治的な意味合いとかもあってそうなってるところがあると思うのですよ。
で、こういう見落としそうなくらいポツンとある祠とかって、そういうのナシでただ多分祠なんかできるもっと以前から、なにかその辺りに生きる人たちにとって神聖な場所というか大切にされて来た場所なわけで、シンプルにそんな気持ちだけを受け継いで今も密かにソレは在るってことでしょ? 信仰の最も原初の状態に近いんじゃないかと。

どこの何を見て来たんだかもわからないけど、こう言う感じでちゃんと行くべきところには行けるのです。これが旅の贅沢というやつではなかろうか?

そして、帰る日は雨だったんで足を延ばすのはやめて和歌山市内でのんびり。ちなみに、前日和歌山についた直後に入った店で、和歌山県で取れたしらすがふんだんに使われた「しらす丼」にありつく。豪華な料理とか好まないオレがちゃんと自分に見合った名産品にも出会えるんです。お店の方に勧められて、半分くらい食べてから、一緒についてたお吸い物を注ぐと「しらす茶漬け風」になってコレが最高だった。それで750円。ブラボー!行き当たりばったり。

で、その雨の和歌山でちょっといい感じのする喫茶店で昼食。これがまた安くてうまいしボリュームががっつりでご飯おかわり自由というオレのためのような日替わりランチ。
そして店主がバンドをやっているってことで、なんか盛り上がる。

あ〜、例によって写真はない。
熊本〜高千穂に行った時も書いたけど、オレの見たものは写真には映らないと思うので。
そして、高野山、丹生都比売神社のある天の里で本当に感じたことは文章にはならない(なので「グッと来た」みたいな表現になるのね)。
そういうのは多分、この先で歌にすることになるかもしれないが、もしかしたら熊本に行ったときに書いた『神様の調べ』を歌うときに何かが加味されるのかもね。なんかあの曲書いたから同じパターンで今回も一曲みたいな意識になるといかんので、これもまた無為に、行き当たりばったりで。

あ、旅先で一枚だけ写真を撮ったのがあったので、一応乗っけときます。
こういうところに行って来ました。

niutsuhime.jpg










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