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海月屋・辻の日々

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オレも偉くなったもんだ(笑)


今日は師匠のとこの生徒さん達が出演するライブの音響としてお手伝い。

何世代目になるのかちょっとわからんけど、多分、ここ1、2年の間に門を叩いてって感じだと思う。基本オリジナル曲を書いて活動していこうと考えている生徒さんたちをピックアップしてるんだが、まだ曲作りの経験もライブの経験もほとんどないと言っていい段階の方々である。

実は何度かこのシリーズをお手伝いさせてもらっているので、全員以前にも顔を合わせている。鶴見直樹くんはライブに誘ったりもしてるしね。
まぁ、みなさん経験は浅いのだろうけれど、現時点で自分がどういう形でどういうスタイルで活動したり曲を書いていきたいのかっていう「指針」みたいなものはちゃんと伝わるし、それに向けてちょっとずつだったり急激にだったりと個人差はあるが、若いみなさんが良くなっていく過程を見ていると言うのは、なんとういうかこっちの精神衛生上非常に良い影響を与えてくれるものだ。

で、今回は6組出演のはずだったんだが、諸々あって急遽4組となった。
その他の状況も加味してってことなんだろうが、師匠が急遽このライブに変更を加えまして。その辺の経緯や考えなどは多分、本人のブログかなんかで語られると思うので省略すっけど、1人のステージが終わるたびに、他の出演者、お客様、音響をやったワタクシ、そして照明を担当したトクナリさんが寸評を述べるという…
もしかしたらNSCの「ネタ見せ」に近い状態なのかな?

ということで、トクナリさんは言わずもがなの演者としてのキャリアも実績も備わっている方だし、オレには一応現役で若い人たちと同じステージに立ってる者としてとか、音楽コラムとかも担当してたライターとか番組の構成やってたとかそういうスタンスから話をしろと...

それをリハの時間に急に言われてですね。
まぁ、何人かの音楽人と個人的にそういう話をしたことはあっても、一応は公開の場でそういう趣旨の集まりに参加ってのも初めてのことなんで、どーなることかと思ったが、結果良い会になったと思う。
なんちゅうか、各々が良い緊張感を持って一つの時間を共有して過ごせたと思う。

出演者のみなさんも「自分の出番に演奏したら終わり」ではなく「自分も参加してる一個のライブ」という意識で出番以外も最初から最後までいたと思うし、こちらも(もちろんいつも気を抜いてやっているわけではないのは自分の名誉のために言っておくが)真剣に聴いていた。普段なら「今回はオレは音響を手伝ってる立場だし」と思って気に留めないようにしている部分もあえて気にするようにして臨んだ。

何度かやってる会場だし出演者も全員担当したことあったんで、今回は何も持たずに手ぶらで行ったんだけどね、そういうことになったんで、リハ終わってからコンビニにメモ帳買いに行って準備(笑)。

それぞれにどういう経緯があって、今がどの段階でってこともわからないままに、あくまでも基本は同じ立場でこっちはちょっと先にいろんな経験をしてるから気がついて言えるってことを言ってきた。
何様だよと思いながら。
自分にとって良い経験をさせてもらったな。

ん〜、終わってから本人達にも言ったんだが、そもそも自分が若い頃に、上の人がなんだかんだと指摘してくるのを、内心は「うるせー、バカ」とか思いながらやり過ごしてた人間である(笑)。 
正直、こちらが指摘した事を細かなところまで真面目に気にされるよりは、「テメーに言われたくないよ」くらいの気持ちでいることが一番大事なんじゃないかって気がする。いや、面と向かっては言うなよ。おじさん傷つくから(笑)

ただ、人に何を言われても「いや、でも自分はこういう考えで、これを選んでるんだ。自分はコレをやってこういうふうになるんだ」って思えるくらいの、自分に対しての自分の根拠ってのは、自分で見つけたり考えたりしなきゃならんから。

オレが言えるのは、自分がしてきた経験や蓄えてきた知識やらなんやらを踏まえて「オレはこう感じる」ってことだけなので、それを参考にするかしないかはどうぞご自由に。

んと、最近の音楽やってる皆さんって真面目で一生懸命なんでね。みなさんこちらの言う事にきちんと耳を傾けて、真剣に考えてくれる。なのでこっちもつられて真剣にさせられるよね。今、いつもより若干姿勢がよくなっている(笑)

単に自分が好きでやってきた事に対してね、こうやって真剣に聞いてくれて、それを元に何がしかの事を考えてくれる人がいるってのは、それなりに自分もそうやって誰かの役に立てるような経験をしてきてるんだっていうを自分に対して教えてくれてると言うかなんと言うか…

おかげさまで、あなた達にそういう自信をつけさせてもらってます。ありがとう。











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フライアーパークで場数を踏んできた(『平岸4条7丁目12番10号』by自分)

フライアー21の0

昨夜の【フライアーパーク開店21周年記念月間ライブ】、祝いきって終了。
ご来場の皆様ならびに関係各位、ありがとうございます。
そして何より店主の宗形修どの、本当にありがとう、おめでとう。

写真はおなじみ亀野さんからいただいたものをはじめ、ちょこちょことネット上にアップされてたものから使っております。


いや〜数日前まではじめましての女性三人とご一緒だな〜って思ってたんだよね。
ENAさん、城生さやかさん、MIKIさんって全員お会いした事ないなって。
で、数日前に宗ちゃんが告知で出演者の写真をアップしていて「ん?」と…。

「あ、MIKIってみきっぺだったのね」とその時初めて気がついた(笑)。いや申し訳ない。ずっと頭の中で「みきっぺ」でインプットされてるので活動時の名前に気がついてなかった。
かなり久しぶりに会ったんだが元気そうでなにより。カバー曲の選曲のセンスが良かった。オリジナルは耳に馴染むメロディーだな〜って。

で、後のおふたりは正真正銘のはじめましてであることを確認。
ENAちゃん(一度しりあうと「ちゃん」づけになる)もメロディーも声も綺麗だった。ってか、一曲何気ないというか自然に流れるメロディーなんだけど「あ、これは盲点だった」ってのがあったな。曲名聞いとけばよかった。

そして城生さやかちゃんは言葉が立っている人でした。決してメロが悪いわけではないよっていうか、メロディが良いものでなければ言葉は立たない。
声は自分の知っている範囲では橘亜弥ちゃんに似てるなと思って聴いていた。声だけじゃなくて歌い方も似てるかも。で、MCの空気はなんだかオレに似てると思ったのは気のせいか?

それぞれがそれぞれのスタンスやら関係性からフライアーパークとムネちゃんに対する思いを語り、ステージに込める。
オレを含め、昨夜だけでそれが4組である。
今回の記念月間には参加できない事情があったりする人も入れると、果たして何組の音楽人がこうした形でワンステージやれるのだろうと考えると、「デカイ店になったんだな〜(店舗面積のことではない)」とつくづく思う。
詳しくは昨年今頃のブログで長々と書いたので省略するが、21年続けるってのはこういうことなんだなと。

さて、ワタクシのステージについて。

〜セットリスト〜

Happy Birthday!
月光の往来
ソファー
平岸4条7丁目12番10号
自画自賛
-アンコール-
ウキウキライフ(with 宗形修)

フライアー21の1


ん〜、始まる時になんか気持ちがフワフワフワフワしててね。
これは21周年とかそういうアレに関係なく、自分の状態が。多分、初めての状態。
なんて言うんでしょう?
自分と自分の体が分離していたような感じ。体のやってることを、外側から見て脳みそで状況把握してるような…。
逆もまたしかりで、脳が発するアウトプット情報を体は自分の外から来た刺激だと感じているような。

こういうことってあるのね。どんだけやってても初めての経験というのができるところが素敵である。
で、ようやく二曲目の途中あたりから自分が体に納まりはじめまして、MC挟んで『ソファー』を歌い始める頃に落ち着いた。

フライアー21の2

そして今回の自分的な肝である『平岸4条7丁目12番10号』へ。
このタイトル、フライアーパークの住所です。

フライアーパークをテーマにした曲は実は開店10周年の時に一度作ろうと試した事があった。でもなんかうまくまとまらなかったんだよな。無理に仕上げると店の単なるCMソングみたいになっちゃいそうで、そういう通り一遍のことにしかならない気がしてやめたのね。

でもその後、フライアーの曲を書くってのは頭のどっかにずっとあって、15周年の時も考えてみたがうまくいかず(原因は要するに「考えてた」からだと思う)、そうこうしているうちにオレより若いみなさんがフライアーパークの曲を書いたりなんかしてね。昨年は若くないけどRecallもいい曲持ってきたし。
どれを聴いてもいい曲なんだよ。さっきの話じゃないけど、それぞれの思いがあるから。そして、多分歌い手を代えて作った本人じゃない人が歌っても良さが変わらない曲になってると思うのね。

そう言うのを何曲か聴いていて「ま、オレが作らなくてもいろんな人が沢山いい曲かいてるし」って思ってたんだけどね。

そんでふとした時に、持ち前の天邪鬼さが顔を覗かせて「みなさんが、誰が歌ってもいい感じに聴こえるお店の歌を書いてるんなら、オレが歌わないと成立しないようなものを書いたらどうだろう?」ってな事を思いつきまして。
それで開店当初の事なんかをメインに、そっから現在までの店のこととも自分のことともつかないようなアレにしてもようかななんて。


そういうのを念頭に置いて、なんとなくギター弾いて適当に歌ってたら30分ほどでできた。
なので、作りはじめて10年かけたとも、30分でできた曲とも言える。

まぁたまにステージで話すエピソードみたいなもんを歌詞にしたような感じだと思う。

今後滅多に歌う機会のない(他の場所で歌うのも意味ないし、失礼だし)曲だが、歌詞が長いので忘れないようにしないと(笑)

で、アンコールいただきまして、そんじゃってことで店主を呼びまして。
カホンがなかったので、ムネちゃんがジャンベを叩きました。

初めて聴いたけどうまかったな。
会場の皆様にも歌っていただいて、ラストあたりではムネちゃんのリズムのみでみんなで歌いました。

例によって、始まるまで何の曲なんだか教えないという無理やりなアレで(笑)
フライアー21の3

前にも書いたけど、こういうことが出来るので『ウキウキライフ』って曲は、書いといて良かったと思う。そしてこの曲なんでエンディングでは回転しました。開店記念に回転してお祝い。

引き続きこれからもよろしくどうぞ。

そして恒例亀野式自撮り

フライアー21の最後jpg

フライアーパークで場数を踏んできた(『平岸4条7丁目12番10号』by自分)…の続きを読む
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昨日、今日、明日と「長く続ける」って事についてのアレです。

昨日の【500L】はつつがなく終了。

ご来場者様及び関係各位、ありがとうございました。

よさこいソーラン祭りがあったり、サザンのライブがあったりのせいだとは思わないが、正直来場の方はとても少なかった。
見にきていたじゅんちゃんが帰りに酔いが回ってロレツが回らない状況でありながら「すごくいい企画なのに、もったいない。もうちょっと参加する人を増やせるようになんとかしろ」的な事を繰り返しオレと本間さんに訴えてくれまして。
ん〜、あんまり気張ると継続させることに疲れてしまうってのはあるんだが、確かに誰からも関心持たれないという状況も企画意図と照らし合わせるとよろしくないことなわけで、その辺のバランスはもうちょっと考えた方がいいのかもという気がしている。

続ける事、惰性ではなく意味を持ちながら続ける事というのは何にしても難しさやジレンマを伴うものであるなと…。

うん、やってる方は楽しいしね、おそらく来ていただいた方にも楽しんでもらえた筈だし、じゅんちゃんも楽しかったからこそ「もったいない」との発言だったわけで、別に挫折感を味わっているわけではないよ。
長年やっていれば、都度その時々の課題というのはあるので、これもまた醍醐味でがざいます。

はじめましてのカルベハナコさんは、エレキギターの弾き語りで「こういう系統ってあるよね」ってのは知ってるんだけどなかなかお目にかからないという世界観でした。絶対にメインストリームになることはないだろうけど、同時に絶対に消滅しない類のアレなんだな〜

で、一年ぶりにご一緒した鶴見直樹くんは、一年前より全然成長しておる。若いので吸収力も吸収したものを活用でしていくスピードも速いんだろうな。曲の出来具合もステージングも一年前とは比べものにならん。
そして本人非常に真面目だからね。
リハが終わった後、一人で楽屋にこもってなんかやってるなと思ったら、リハの時の自分を動画で撮影しおいて、それをチェックして演奏とかの気になるところ修正してるんだ。
本番までの空き時間にあんな過ごし方があるとは知らなかった(笑)

で、昨日のワタクシ

〜 セットリスト 〜

人生の折々に
楽な気分で
眠れぬ夜はサザンを
神様の調べ
情熱
君に愛を
満月の夕(HEAT WAVEカバー)


でございました。

次回の【500L】は9月。お待ちしてます。

そして本日は、とある音楽人のライブの音響を。
今年でデビュー20周年ということでのツアーの一環。
実はデビュー当時、ちょっといいよねって思って推していた。キャンペーンとかで札幌に来たりした時は何度か顔を合わせたりしてたんだけど、約20年ぶりでございました。ちゃんと覚えててくれてた。

なんか節目のアレの時にまた居合わせる事ができたのが嬉しい。ん〜、この方だけではないけれど、そういう長い年月が経つ中でいつの間にか名前を聞かなくなる人たちが多い中で、自分がいいなと思った人はスタンスを多少変えたとしても殆どの人が活動を続けているんである。それぞれ現状の自分にできる形で音楽を続けている。そういうのはなんというか誰に向かってでもないのだが「ホラ、やっぱりね」って思うのよ。

さっきの話じゃないけれど、長年やってりゃ色々あるし動きたくても動けない時期というのだってあるんだろうけど、それでも多分なにがしかの意思というか、「ひそかな情熱」のようなものを持ち続けているのだと思うんだよね。
そういう皆さんは歳を重ねる後にしなやかになっていっている気がする。

そして、明日はこちらも長年続けているライブパブ、フライアーパークの21周年記念月間ライブに呼んでいただいている。
自分の中では「続けること」がテーマみたいな三日間になったな。

ってか、そういう色々と関わってる自分も考えてみれば長年続けてるんだなそーいえば。もうちょっとどうにかならないかな(笑)。

まぁとにかく、一個一個に対してその時できる事を。

明日は祝福と感謝とギターを抱えて店に行きます。

昨日と曲は被らない。

お待ちしてます。


2019年6/10(月)
【フライアーパーク21周年記念月間!】
場所:フライアーパーク(札幌市豊平区平岸4条7丁目)
開場 / 20:00
開演 / 20:30
料金:1800円(1ドリンク付き)
出演: ENA / 城生さやか / MIKI / 辻正仁





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録音後の懇親会(笑)〜新作録音顛末③〜

とりあえず、録音に関する話題は一旦今回で終了。

録音後も早速作業をやってもらっているので昨日、今日でもいろいろあったんだが、それはまたいずれ。

んと、昨日の日記に書いた通り、いろいろなアレがナニして、かねてからお会いしたかった観月ちゃんと会う事ができてというか、いきなりコーラスやってもらってね。

で、彼女は飲みにきたわけで録音後の片付けをしながら、FOLKIEはそのまま営業に移行。
それで、ちょこっと諸々と話してきた。
黒田くんも観月ちゃんとは初めてだったらしく、懇親会の様相(笑)

観月ちゃんは中島みゆきが好きと言う事で、本人の楽曲にも影響が感じられるんだけどね。まぁ以前にも書いたように、オレは中島みゆきって人には尊敬を通り越して畏怖を感じておるのでね。多分。今までオレに観月ちゃんの話をしていた人たちも多分そういうところから「絶対好きだよ」と行ってたんじゃなかろうか?

以前に彼女の作品聴いた時にね、なんかこう尖った感性を持ってるのが普段から醸し出されてるような、あとちょっと夜なかんじというか、若い頃の桃井かおり的なムードっていうかを持ってる人だと想像してたんだが、会ってみると確かにちょっと大人っぽいルックスかなと思うんだが、非常に素直そうな人懐っこい感じのお嬢さんでした。まぁ、その中にどんなものが隠されてるかはわからないけどね(笑)、ってか、その辺は作品やステージに現れるのだろう。

んで観月ちゃんがギター持ち始めて中島みゆき歌いますよって言うから、いろいろリクエスト。
本人意識してないナチラルなものらしいが、ビブラートがまさに中島みゆきだった。
で、歌いだすととたんに「うらぶれ感」が漂うから大したものである。で「シャンソンも好きなんですよ〜」とか言ってたからね。なるほど、この人は夜の住人なんだなって気がした。

で、今日は飲むか飲むまいか悩みつつ「いや、明日もあるんで今日は飲まないっす」と行っていた黒田くんがですね、観月ちゃんが一曲歌い終わったところで酒を注文(笑)。まぁそうなるよな。

で、オリジナルも含め何曲かリクエストに答えてもらっているうちに、黒田くんもその空気に触発されて暗い歌を歌いたくなったらしく、一曲。せっかくなんでオレも自分の曲でちょっとそう言う感じのを歌って、オレはちゃんとした大人なので明日に備えてここで離脱。

観月ちゃんは翌日休みだから飲みにきたって言ってたからいいけど、明日仕事の黒田くんは何時までいたんだろう?

というですね、流れに任せて決まった録音の流れでまたちょっと新しいアレをいただいた感じ。

これも何かのご縁と思って、今後ともよろしくお願いします。


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そうなるようにできている(『会いにゆくよ』by 自分)〜新作録音顛末②〜 すげぇ長い

そんな訳で、今回の録音にまつわるアレコレの第二弾ってか、コレが本編。

前回お伝えした通り、黒田くんの活躍により、予定時間から大幅に送れて予定終了時刻あたりから録音はスタートした。

あ、普通みなさんこういう作業を「レコーディング」と言うんでしょ?
それが普通なんで、最近だとこういうスタジオ以外の場所で個人の機材使って録音してもレコーディングと呼ぶ。まぁそういう事に逆らうつもりもないし、その方が話が早いので、自分でもそのように伝えることもある。

が、個人的に「レコーディング」というと、ガッツリとスケジューリングして、ガッツリとスタッフなども揃えで、ガッツリしたスタジオで行うもののような印象があるのね。
それよりは自分のやっていることは、自分の感覚としては「録音」と呼ぶ方がしっくりくる。

英語か日本語かの違いに過ぎないんだけどね。
少年時代に、友人たちと集まって、ラジカセを前に演奏してたりした時に、「レコーディング」とは言わずに「録音しようぜ」とか言ってたもんだから、多分そのせいだと思うけど、感覚的にきちんとプロダクションされた「レコーディング」ってのよりは、ガキの頃言ってた「録音」に近い空気でやってるもんで。

で、今回の「録音」。
今まで発表してきた作品同様、これもまた「あ、こういう感じで、この人たちに手伝ってもらって作るんだろうな」ってな予感というか気配というか流れがあって、そういうタイミングが来たので「あ、今やろう」みたいな感じでやってみたのです。

もちろん「こんな感じで、こいういうふうなやり方で」って考えてる方法ってもは常日頃頭の中にあるのよ。それは「レコーディング」って感覚に近いものが。
でもそれが出来るのを待ってたりしても、いつまでたっても条件が揃わないし、それまで音源を残すことだってできない。

それよりは、そういう現状の流れの中で今できることをやっていけば、そこで得た経験とか、形にできた作品とか、そのリアクションとかで次の流れが生まれるじゃん? うまくいけばそうしたものがやがて「元から実現したい形」を実現する方向に進んでいく流れを生むかもしれない。本当にソレをやる事になってるならね。
もし違うのなら、それはそれで別のどこかへ向かえるので問題ない。

想像するのは大切なのだが、夢想ばかりして動かなければなにも始まらないと思っている。
その辺のバランスが肝だよね。

今回のはね、もう一昨年だった気がするけど、一度、人様のアルバムのインナーに入れる記事を作成する作業を二人で分担してやったんだよね。
オレが校正やらテキスト書きやらして、みゃんちゃんがレイアウトしてみたいな。

で、こういうのって文字数割り出すだけでも、割り出すための考え方から説明しなきゃならんとか、いろいろ面倒なんだけどさ、彼はほとんど説明なしに全部サクッとやってくれたんだよね。ちゃんとスキルが備わっていた。

で、その仕事の手際とか見ていて「今度自分の何かの時に、みゃんちゃんに頼もう」ってのがインプットされた。確か、本人にもそのように伝えていたと思う。

彼なら長年いろんなとこで顔合わせて話とかもしてるし、オレの最近のライブとかも見てるんで、色々とオレのことを彼なりのスタンスで理解してくれてるだろうし。

で、同じく長年の付き合いのある黒田くんがですね、これも昨年だったかに、翌日録音作業で使わなければならないって状況で夜中に「PC動かなくなった」ってSNSに投稿してるのをたまたま見かけまして。
で、オレが直接何したってわけじゃないんだけど、簡単に状況聞いて「この辺の事やってみたら?」って対応策が紹介されてる記事を教えたんだよね。そしたらとりあえず治ったらしくて、大変感謝していただきまして。
「じゃあ、そのうちオレの録音やってよ」なんて言ってたわけですよ。

そのあたりまでは、実はこっちも「そろそろ音源出しときたいな〜」程度のあれだったんだけど、本格的に自分の中で事が動き始めたのが、昨年末だったか今年の初め頃だったかに黒田くんと会った時に、別れ際に彼から「録音の件も、何か決まったら連絡ください」って言ってもらって、そこからだと思うんだよね。
PCの問題助けたっていうお礼の気持ちの表現としてただの挨拶として「録音手伝う」ってその場だけで言って場合だってあると思うけど、コレ本人ちゃんと覚えていて、やってくれるつもりなんだってのが伝わったので。

で、それからこちらも具体的に作品を録音するってことを考え出して、そっからしばらくしてからFOLKIEに顔出しに行った時に、たまたま店主の松川さんと二人で話し込む感じになって、その時に松川さんが「ウチの店も一応簡単な録音とかできるんですよ」みたいな話が出てきて、店を録音場所とかリハーサル場所に提供するってな事も考えられるねってな流れから、「じゃあ、お試しでやってみるか?」ってなところに行き着いたわけです。

その時に、黒田雄亮録音、場所はFOLKIE、撮影やデザインはみゃん@という、オレの中で諸々の要素がうまいことハマったのね。ってか、もうそういう流れでしかない。

予算はないけど、このように自分のやってきたことやら関わってきたこと、知り合ってきた人たちがちゃんと作れる条件を運んできてくれる。なので作る。なんてシンプルで幸福な人生でしょう?

話を当日に戻そう。

螺1


このような簡素な形で録音。
もちろん一発録りなので、基本ライブと変わらない。機材も店のと黒田くんが持っているもので賄う。こんなの「あれがなきゃできない、これがなきゃ嫌だ」とか言い始めたら、結局オレはイギリスのアビーロードスタジオとかに行かなきゃならん。そーではなく、あるものでできることをやるっていうのが醍醐味だ。

曲によって、店にあるギターを借りたりした。あと、多分今回自分の録音で初めて座ってやった。
立ってるとどうしても体を動かしまくるのでね。あとまったくライブノリになっちゃうとちょっとまた違うなと思って。
あと、もうひとつ、多分他の人が「レコーディング」の時は採用しないことをやってるんだが、わかるかな(笑)?
極めて非効率ってか手堅くないやりかたなんだけどね。オレはこうじゃないと逆に歌いにくいので。
効率よく録れても、後で聴いて自分に対してバレるのが嫌なんです。

螺2

で、黒田くんもきっちりいろいろこなしてくれているんだが、実は細かなところでちょいちょいあった(笑)。
ただ、最初の大きなアレがあったんでこっちも多少のことでは影響されない(笑)。その分、もしかしたら何か致命的な事に気が付いてないかもね。

そして松川さんはずっとこのような状態。

螺3

まぁ、オレがやった録音方法のために、必要な作業をやってもらったんだが、やたらと地味で疲れる仕事でございます。ずーっと真剣にやってくれていてありがたかった。

で、写真の取れ高がいいところで、予定時間を大幅に過ぎていたため、みゃんちゃんは離脱。
ジャケデザインとか構成なんかも、今回もチラッと希望する概要伝えたら全部察してくれた。「任せて構わない」ってのがこういう時に本当に助かる。オレに余計な負担一切なし。

昨夜、写真が上がってきたけど、これも心得たもので、オレの欲しいようなショットが一杯あった。

そんな感じでいざ始まれば、基本的にサクサクと進行した。実はこれも「レコーディング」にはあり得ないだろうが、オレはまったくプレイバックを確認していない。
なので、実際に使える音が取れたかどうかもまだわからない。
とか書いている時に黒田くんから一応のデータが送られてきた。
ま、これで使えないのがあれば今回は使うなってことだ。全部使えなければ、それはそれでこの文章を書いてる楽しみと、いい感じの写真と、面白く過ごせた時間が残るので大丈夫。

そして、もう一つ。

本当に終わり頃になって、普通に店に飲みにきたお嬢さんがいまして。

シンガーソングライターの観月ちゃん。

初めましてだったんだが、実は結構前からお会いしてみたかったのだ。
というのも、オレをよく知る何人かから彼女の話題が出た時に「アンタ、絶対好きだよ」とみなさん口を揃えて言うもんで、気になってなのね。音源聴いたら確かに好きだったし。で、本人どんな人だろうって。

でさ、最後の曲やる時にはたと思いつきまして、「じゃあ、せっかくなんでコーラスやろっか」って(笑)。イージーなおっさんである。本人びっくりしたんじゃないかな?

で、黒田くんと松川さんと観月ちゃんで、コーラスってか合いの手というかを。
もともと全く考えてない思いつきだったので、それ用に準備はしてないから、ちゃんと声が入ってるかもわからないけどね。
で、この曲さ、コレだけ何回も歌詞間違ったりヒター間違ったりでやり直してて、挙句一旦後回しにして最後にやったのね。
そしたら観月ちゃんが入ってきて、オレがコーラス入れようって思い立ったのよ。

これもさ、まぁ失敗は失敗だからいい気になってもらっては困るのだが(笑)、そもそも黒田くんがとんでもない忘れ物をして3時間押しってことになってなければ、多分観月しゃんが来た時に俺らは作業終わって帰ってたはずなんだよね。
で、この曲だけやたら失敗して後回しになったのは、その後の彼女が来る時間までの微調整だったわけで。

もう、今回書いたこと全部、そういう流れが自然にできてますって話ですよ。

ん、次回は録音後に改めてお近づきになった観月ちゃんの事を書く予定。




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「持っている」男であるが故に「持ってこなかった」男〜新作録音顛末①〜


ということで、新作の録音というものをやってみた。

ちょっとした話の流れから店主の松川さんに協力していただける事となり、FOLKIEさんをお借りして。
製作陣は、同じように諸々の流れがあって、録音編集は黒田雄亮くん、写真とデザインはみゃん@ちゃん。そして松川さんとこの三人の力を借りることになりました。

その辺の詳細はまた後日改めるとして、この前の【円山中高年親睦会】ネタ同様、今回もまた黒田雄亮の活躍から話を始める事となる。

さすがに「持っている男」である。
そういう事なんで、実はちょっと何か面白いことが起きるのではないかと期待もしていたのだ。面白エピソードはあったほうがいい。

まぁ、例えばバッチリ決まったテイクが気がついたら消えていたとか、録音されてなかったとか。あるいは3曲くらい保存しないで上書きしてたとか…。まぁそのくらいのやらかしはあってもいいやってか、充分あり得るだろうと思っていたので、多少のことでは動揺しないつもりでいた。

しかし、「持っている男」は違う。こちらの想定の右斜め上くらいを行く。

現場であるFOLKIEに到着し、諸々のセッティング。
彼は持ち込んだ録音機材やPCをセットし、オレはギターを取り出しチューニングしたり、数曲で使わせもらう予定だった店のギターの音色を確認などなど、それぞれに支度を開始。

そうこうしているうちに、黒田くんが「えっ!?」「アレっ!?」「マジ?」「ヤベっ!!」とか言いながら、緊迫した顔でカバンを弄ったり、周囲を見渡したりの挙動不審状態。

録音作業するにあたって、一番肝心な機材に電源供給するためのアダプタがないらしい。

録音作業でのハプニングは覚悟していたが、まさか録音を始める前に起きるとは…
これでは作業中のハプニングも起こりようがない。
だって作業始められないんだもの。

彼なりのハプニング防止策なのか? 
「宝くじは買わなきゃ当たらない」みたいなアレか?

「持っている男」の異名をとる彼が、今回は「持ってこない」という大技を繰り出してきた。

そして多少のパニック状態を抜け出し、「持ってこなかった」ことを認識した彼がうなだれた瞬間に撮影担当のみゃんちゃんが到着し、今回の録音セッションの最初の撮影ショットがこちらでございます。

ra-kuroda1.jpg




さて、うつむいていてもどこにも行けないのである。
毎度のことながら、そもそも予算のない中で「今の状態でできること」を見極めながら実現させたのが今回の録音である。まぁ、それが実現できなくなるかもしれない状況になったんだけど(笑)。

常に「この状況で何ができるか?」を選択していけば自ずとその方向に動き出すものだ。
まぁ、動かなくなる可能性が生まれたんだけど(笑)

選択肢はいくつかある。

まずは、近場の楽器店などに対応できるアダプタがあるか確認>なかった。
あとは、お店にある機材を黒田くんが操作して録音し、なおかつ録音後の作業のため黒田くんのPCにデータを移動させて持ち帰る。もしくは、一旦アダプタを取りに帰る。の二択。
もちろん、頭の中で「今日は中止」という選択肢も浮かんでいた。

しかし、ここでまた「日を改めて」ってことになると、おそらく次はないだろうと。まったく白紙の状態から積み上げ直すだろうなという予感があった。こういうのは大抵的中する。
なので、それは言葉に出さず、取りに帰ると時間的な問題で物理的に無理とか、現実問題としてできないとなった時に判断しようと思ったのです。この場合の選択はつまり「やめるしかない状態」ということ。

そうなればそうなったで、今回はやめとけってことだろうとは思ったけどね。自分の意向とは別の話として。
まぁそうなったらそれを受け入れて笑い話にすればいい。

んで、店の機材を確認。黒田くんイマイチ使い方の勝手がわからない模様で、そこでごちゃごちゃやるよりはいっそのこと取りに帰った方が早いだろうってことになりまして。

往復2時間強(笑)

戻って来る頃には、スムーズに準備していればそろそろ終わるかなって時間である。

ありがたいことに店主松川さんが「ウチはいくらでも構わないですよ」と。

そんな訳で、歌入れ前に食事をするかどうかで迷っていたワタクシはカップ麺を腹に入れとくことに。
三者三様のまったりした時間を過ごす。

「これから戻ります」の連絡を受けたあとは、ちょっと声出しとこうと思って、録音予定の曲を数曲歌うつもりが、全曲コンプリート。早く戻ってくれないと喉が終わってしまうがな(笑)

とかやってるウチに、黒田くん無事帰還。

その後慌ただしくセッティングしたり、セッテイングしてるマイクを倒しそうになったりしながら録音準備。

そして予定より約3時間遅れで録音は開始された。続きはまた次回。

果たして無事録れているのだろうか?
私はまだ知らないし、なんとなく知りたくない気もする…

ちなみに、コレ書いてる途中で彼から「1曲試しで送ります」と言われ、約1秒ほどのデータが送られてきた(笑)

今日も持ってるな。

ra-kuroda2.jpg

自らが持つ魔法の力にショックを受ける黒田雄亮と「それで、どーすんだよ?」の辻正仁の図









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女が弓を引いた時 男は真実を見つけた(『二人の理由』by 佐野元春)

ナポレオンフィッシュ

ものすごくしばらくぶりに好きな音楽についての自分だけの話を。

たまに書いてって言われるんだが、こういうの読みたいって人いたら、ネタはいくらでもあるのでお伝えください(笑)

ん〜と、佐野元春の1989年作品【ナポレオンフィッシュと泳ぐ日】。
発表が30年前の6月1日だというのを見かけて、書いてみようかなと。

このアルバムの制作経緯なんかも興味深いし、特筆すべきことは沢山あるんだが、そういうのはオフィシャルな記事とかをチェックしてくださいまし。ここではあくまで個人的な話を。

まぁ、なんでわざわざ書く気になったかと言うとですね、当時、そんだけこのアルバムの衝撃がデカかったんですよ自分にとって。

いや、それ以前に出た【VISITORS】とかももちろん驚いたんだけどね。
んで、佐野元春と言えばやっぱり世間的には【SOMEDAY】とか【VISITORS】がいろんな意味で重要な作品と言われたり衝撃作とか人気作ってことになるんだろうけど、自分にとってはソレの比じゃないくらい、この【ナポレオンフィッシュと泳ぐ日】に与えられた影響が大きい。
んと、一応、作詞作曲して歌う者の端くれとしてね。

いきなり余談になるがもっと音楽活動云々というところ以上に自分の生活というか、あえて言えば人生において大きなインパクトを与えられたのが【THE SUN】で、曲作りという点で衝撃ではないんだけど大事なヒントをくれたのが【THE BARN】である。ん〜、「引き出しの奥を漁ったら結構面白いもんが出てくるよ」みたいな感じのヒント。

さて、本題に戻ろう。
【ナポレオンフィッシュと泳ぐ日】のどこにそんなに衝撃があったのか?

まずは音からほとばしるアグレッシヴさ加減というのかな? スタジオでっていうか曲を書いている最中の衝動みたいなもんが、レコーディングって中で綺麗に整理して仕上げてるはずなのに溢れちゃってる感じがしたんだと思うのね。今振り返ってみると。
おそらく本人の何らかの状況とかがあったんだと思うし、なんか『鬼気迫る』みたいなものがあって、まぁそこをスタジオワークとしてきちんと制御しつつ、同時にそれを丸ごとパッケージできるようにってことで、サードアルバム以降セルフプロデュースだったのを、わざわざコリン・フェアリーにプロデューサーとして参加してもらったんだろうし、それも一旦東京でいつものメンバーやスタッフで制作してたのをお蔵にして単身イギリスに渡ってあちらのベテランミュージシャンをバックにするという仕切り直しを行ったのも、その為ってのが大きいのではないかと勝手に推測している。

だからなのか何なのか、決して雑に作られてる訳ではないんだけど、今聴くとアレンジとかもちょっとヨレてるってかスピンアウトしちゃってる感じの部分があるな。構造だけ捉えれば割とオーソドックスなロックミュージックのフォーマットなんだけど、そこに異形をまぶしてるような、勝手にねじくれたかのような…

このへんのひねくれ具合に、なぜアメリカではなくイギリスレコーディングだったのか? の理由の一端もあるんではなかろうか?

で、当時の自分はというと、実はこの89年という年は自分が音楽にハマってから初めて、そして今までの(おそらく今後も含めて)中で唯一「音楽活動をやめよう」と思って暮らしていた年なんですよ。
まぁ、家でギター弾く程度の事はあっても、対外的に「音楽やってます!」っていう活動はやめようと。
円形脱毛症とかになったりしてね(笑)

まぁ、性格が性格だからそんなに陰鬱に暮らしてた訳ではなく、それなりに楽しい思いもしてたんだけど、結構その自分の支柱となっていた音楽を作るってのから離れなければっていうアレを抱えながらの生活で毎日繰り返し繰り返し繰り返し聴いていたのがこのアルバムだった。

そこから聴こえてくるアグレッシブさに煽られたり、そこで歌われる「オレは最低」とか「今までの君は間違いじゃない、これからの君は間違いじゃない」とかって言葉に共感を覚えたり慰められたりね。
あ、書いてて思い出した。この頃って毎朝起きたら『陽気にいこうぜ』って曲を流してたな(笑) 「オレはくたばりはしない〜」ってやつ。

そんでさ、このアルバムを聴きながらだんだん「やっぱり音楽やんなきゃダメだな」って気になって行ったのね。まぁそれだけが理由ではないけど、音楽やってない事で色々と混乱を生じてた気持ちというか、気概がなくなりかけて行って自分でも「これはやべぇな」と思ってたところで、このアルバムのというか、このアルバムから伝わる佐野元春という人の空気ってのかな? そういうものを励みにしたのは確か。

ちょっと記憶が定かではないけど、それから実際に動き出したのが翌90年だったな確か。

一月10曲だったか20曲だったかを書くことを自分に課して、書き上げてはスタジオでラジカセ使って録音して配りまくるといところから始めた。
で、それをやりつつバンドメンバー探して結成して初ライブが92年だったかな?

うん、その当時はそう意識してた訳ではないけど、バンド始めた当初にやろうとしてたのは、単純に衝動だけでやるんじゃなくて、演奏陣をしっかりした人たちにやってもらった上で自分はスピンアウトさせてくれってなイメージだったんだと思う。そこもきっと【ナポレオンフィッシュと泳ぐ日】の影響。

ずいぶんと長くなったけど、それはバンド時代に限定した話でね。

でもこのアルバムを聴いて以来、ずっと自分の信条になっちゃったことがあって、それは「英語に逃げない」ってことかなと。
んと、今じゃ横文字使わないのが当たり前みたくなってるからわかりづらいかもしれないけど、80年代ってのはサザンしかり佐野元春しかり、曲サビとかわりと耳を引くポイントで歌詞に英語を混ぜるのがほとんどだったのよ。
「ダンシングオールナイト」だの「わかりはじめたマイレボリューション」だの。特にロック系に多かった気がする。
ん〜、佐野さんとかサザンはちゃんとそこに意図というか、英語を使うってことを意識してるからいいんだけどさ、今改めて聴くとあまりに安易に英語に頼ってる曲が多いなと。
ただの雰囲気でしかないってか、そこに英語を組み込むことの意図も自覚も足りないってか、日本語でそのリズムなりメロディーにきちんと乗せてなおかつ何かを表現している言葉を探るという作業を放棄してるようなね。

で、オレももちろん思考停止のまま安易に英語を取り入れてた訳ですよ。英語入れるだけでソレっぽく聴こえるし、歌ってても気持ちいいし。

それが【ナポレオンフィッシュと泳ぐ日】でその「うまいこと英語を織り交ぜる」の第一人者というかそれを定着させちゃった佐野元春本人が、ほとんど英語を使ってない。使うにしても「グンナイト」とかさ、そういう日本語と言ってもいいような英語が殆どで。

コレも今考えてみれば、先駆けっていうかな? 最近じゃみなさん日本語で全部やるのが当たり前だもんね。

で、オレもそこにハタと気がつかされた訳です。
なので、その改めて音楽を目指してノルマを決めて描き始めた曲以降、オレも英語使ってません(笑)。
例え佐野さんが英語を混ぜることをやり始めても、オレはそこに拘ってます実は。
それが自分の中で定着してからは、選択肢としてあえて英語にするって事もやってるけどね。ちゃんと自分なりの理由づけがあって英語にしてる。
それ以外は英語にしちゃえばメロにもリズムにも乗るし、自分の描きたかったことが言えるって時でも、「そこにちゃんと収まる日本語」を探す作業をしている。コレが一番大きな影響だろうな。

あとはね、歌詞がある意味難解な部分があるっていうか、平たく言うと「何について言ってるのかわからない」歌詞っての? 現代詩みたいな感じね。抽象化というか象徴主義的というか。
なんちゅうんだろう? 「ここの言葉はどういう意味?」と問われても言語化して答えられない表現を言語でやってるって事なんだけど。
なので、言葉が意味ではないものを伝えてるのね。
書いた方は、説明できないけど「そう書くしかなかったもの」ってのが確実にあって、だからそう書いてるのよ。これが詩を書き慣れてない人がやろうとすると「この言葉はこういうことを言ってるんです」って説明できちゃう、いわば「隠喩」しか使えなかったりする。もちろん、それはそれで手法としてあるんだけど、それが書き続けていくと、このアルバムでは例えば「電気的なヴァレンタイン」とかさ「奇妙なフェスタに招待されてる孤独なペリカン」とかね。例えそれが「これはこういうことを表してるんです」って説明できたとしても、その説明よりも「電気的なヴァレンタイン」って言っちゃった方が的確に伝わってるみたいな。で、「電気的なヴァレンタイン」って何ですかって聞かれて何をどう説明してもどんどん自分の感じたものから離れてっちゃうから「電気的なヴァレンタインってことだよ」っていうしかないのね。

で、受け取る側もそれで何か意味じゃないところで伝わってるものがあるんだよね。少なくともオレはそうなんですよ。受け手側の想像力やら感性を刺激するというのかな。そういう意味でもこのアルバムにオレは相当エキサイトしたわけです。
ポップソングやロックの他に、詩も好きだったんでね。「これ、一緒にしちゃってよかったんだ」って。

そして、それをその後結成したバンドでやろうとして、内部から歩不評を買うという(笑)
うん、その時はその時なりの力量でやってたんで、「意味がわからない」とか言われると「意味を超えたいんだよ」とか「もっと深いところ行きたいんだよ」みたいな反発があったけど、要するにまだヘタクソだったんだよな(笑)

そういうのがあったしばらく後に、椎名林檎とか中村一義とか出てきて、若い人たちがはなっからそういう感性で作詞してたりして、で、それをちゃんと受け入れてる人たちがいて嬉しかったし、自分がやろうとしてた事も狙い自体は悪くなかったってのも分かったし、同時に悔しいというか「オレはここまでの感性はないな」みたいなアレもあったりなかったり…。

それで、弾き語りやるようになってから書いた曲ってのは、アレンジとかで空気を補強する事も出来ないし、ちょっとスタンス変えたんだけどさ、ここ数年、ちょこちょことそういう現代詩的なのもやってみてるんだけどね。自分としてはうまくなってると思うし気に入ってるんだけど、どうだろうね?

いや〜、長くなったな。

まぁ、そんな感じで【ナポレオンフィッシュと泳ぐ日】というアルバム一枚にどんだけ影響受けたかっていう自分の話をした訳ですが、最後にもう一つだけ。

このアルバムから受けた影響ってのは自分なりに消化してきたし、そっから変わってきてる部分もあるんだけど(オレは佐野元春じゃなくて、よりオレになる事を目指してるので当たり前だけど)、もう一個だけ目標にしている事がありまして。

それは最後に収録されている『二人の理由』に匹敵するオレなりの曲を書く事。

シンプルな構成で、現代詩のエッセンスでなおかつオーソドックスなサウンドで、究極のロマンチックなラブソングであり、神話的でもあり、哲学的でもあり、切なくもあり、希望がある。そして、歳取れば取るほど、おそらく作者の意図したもの以上に味わい深く響く。

そんな曲を書いてみたいんだけど、なかなかね。

それも真似じゃなくて、いかにもオレらしい曲として書きたいというこの欲深さ(笑)

佐野さんは、この曲を伝えるために、サビ以外は語りという手法を使っていて、それもこの曲の魅力ではあるのだけど、オレが目指すのは、全編メロディーに乗せて歌う事です。

近づいたり遠ざかったりしながら、いつかはきっと。















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