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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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平成最後の…

さて、もうすぐ『平成』も終わりな訳で、至る所で「平成最後の〜」みたいな触れ込みがされている。知ってる音楽人のライブの告知なんかでも「私の平成最後のライブ!」っていうようなね。あと、「令和初ライブはコチラ!」ってのもあるな。

ん〜、なんだろう? おそらくこのいっ時を過ぎれば、元号ってやつを日常的に使う機会はほとんどないだろうなと思う。使うというよりは、自分の意識の中に元号を置いてなにかを考える事はと言うべきか。

もともと、個人的には「平成」という括りでの時代の意識というのをほとんど持っていなかった。日常的に使うこともまずなかったし、何か時代の流れというかそういうものを考える時も、元号ではなくて西暦で考えてたので。

ん〜、昭和が終わる時ってのはなんか感慨があったんだよな。「ひとつの時代が終わるんだ」って感覚があった。
まだ若かったってのもあるだろうし、あの時は昭和天皇が崩御されてっていうのもあったからかもしれない。
そして、まだ日常生活でも元号って結構使ってたんだよな。多分、それが一番大きな理由のような気もする。

で、昭和以降って自分で何か時代的なことを考えるのでも、例えばU2がアルバム発表した年とかは西暦で確認するじゃん? それで、時代的な背景とか考えて佐野元春のアルバムを比較する時に「平成何年発表の…」みたいに考えない訳で、同じように西暦で追っていかないとスムーズに比較したいことを検討できなかったりするよね? あと国内で起きた事件だって国際情勢とかとどうしてもリンクするところもあったりするし、そうしたら全部まとめて西暦で分類する時系列でノーミソにしまっておいた方が使い勝手がいいので。
あとはあれだ、自分のことでも平成になってから昭和55年の出来事考える時に「昭和55年」の出来事として認識すると、それが今からなん年前だったかぱっと計算できなかったりするじゃん。「1980年の出来事」って認識だとそれがスムーズにいく。

そんなこんなで、自分が平成になってから年号で物事を認識することがほとんどなくなったもので、「平成」というものにたいして何も思い入れがない。今「平成12年」のことを振り返ろうとするとまずそれが西暦何年だったかという閑散作業からはいることになり、そうするとそれは自分の中では「平成12年の記憶」ではなくて「西暦2000年」のことな訳ですよ。

だから自分の中では「平成」というのが時代っていう感覚もないし、時代の色とか匂いみたいな印象も全くない。別に元号に反対する気は全くないのだが、それはただの元号でしかない感じ。昭和に持つ感覚とは違うんだよな〜。

で、おそらく令和ってのも自分的にはそういう年号だってだけで、多分これからもいろんな出来事を西暦で記憶していくと思うのね。

でもまぁ、自分でも一個だけせっかく平成の最後のお知らせとして何か「平成最後の」ってまくらをつけて発表できないかなと思ってたんだけど、見つかりました。

平成最後の風邪をひきました(笑)

いや、今回の風邪はね、予測してたのよ。おそらくひくだろうなと。
ってのはこの前書いたように、大々的な掃除して、翌日大量の洗濯物片付けて、さらにその翌日だったかにこれまた久々に床屋に行ったじゃん?
その時にふと思ったのよ「これはきっと風邪ひくな」と…

ってのはね、ちょっと変な言い方だけど、その数日間でやったことって、多分自分の中に溜まってた「邪気」というか「淀み」をまとめて取っ払うって作業だったんだと思うのね。その時はそれぞれのことをそんなに意識しないでやってたんだけど、髪を切った後でふとそれに気がつた。

自分の周囲で淀んでたものを多少通りをよくしたんだから、多分、バランス的に体内に溜まったものもするっと出てくるだろうなと。
そんで、一応ちゃんとケアはしてたのよ。風邪引いちゃうとなにかと煩わしいから。
で、一回やばそうだった時は早めのケアでうまくやり過ごせたんだけど、まぁそういう流れだから出てくるよね。ってか、本来的には出しちゃった方がいいんだよね。
っていうそういうアレだから、今回はどんなに気をつけても出てくるべくして出てきたので仕方ない。

というか、意識してなかったけど、そういう時期だったってことなんでしょう。
「次に来るものがあるから、ここらで一回パイプの詰まりを掃除して流れを良くしときましょう」っていう。

オレのあずかり知らないオレはそういうことちゃんと判断してるんだよね。
この後の何かに備えての準備をしてるんでしょうよ。

という何か新しいものの訪れを持つようなワクワクした気分で鼻をかんでいる(笑)

まぁ風邪引くと長いんで、ちょっとライブ直前にこうだってのがアレなんだけど…

という
次回のライブは5/6ですよ。風邪を引かないようにして元気に遊びにきてくださいまし。

2019年5月6日
【第三回 円山中高年親睦会】
場所:円山夜想<マルヤマノクターン>(札幌市中央区南1条西24丁目ヴィンテージビル地下)
OPEN/19:00〜
START/19:30〜
料金:2000円(1ドリンク付)
出演: Recall (谷藤勝彦、沖田真里、みゃん@、斎藤郷)/ MUNEQLO (宗形修、黒田雄亮)/ 辻正仁

※出演順は当日あみだくじで決定(開演時にステージで)
※会場準備の都合上、来場予定の方はお手数ですがkurageyagarden@gmail.comまでお名前と来場者数をお知らせいただけると助かります。
もしくは、辻のTwitterまたはFacebookへのメッセージでも受け付けております。

中高年3

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そして本題。

前回の前置きからちょっと日を置いてしまいましたが…。

ゴールデンウィークの最終日にライブです。
まぁ、自分自身ゴールデンウィークに一切関係ない生活なんだが。

過去に二回やった【円山中高年親睦会】の第三弾ってことになる。

毎回のことだけど、特にこういう企画をやろうとしてそういうタイトルにしている訳ではないのだ。まぁ年に何回か、企画っていうか自分で誰かを誘って一緒にライブやることがあるんだけど、それで集めてみたらたまたま出演者がみんな「中高年」と呼べそうな年齢の時にこのタイトルを後付けで使っているというだけの話。

そもそも最初はタイトルだったわけでもなく、単に出演者に諸々連絡する際のグループメッセージに思いつきで付けたのだった。で、それがなんとなくそのままタイトルになったっていう…。

で、今回の企画の発端というのは、昨年だったかにフライアーパークのマスター、ムネちゃんから「円山夜想で出演できるライブを企画してよ」ってな依頼がありまして。
その時はムネちゃんがいくつか参加してるグループのどれででるとかも決めてなかったのね。ん、なかなか同じ商売やってると他の店に顔出す機会もないからね。そういうのもあって、ライブに出るってことにしちゃえば動きやすいってのもあるだろうし、自分が演奏するの自分の店だけってのも広がりないからってのもあるんだろうきっと。

そんな訳で、私がフライアーパークと円山夜想の二店のスケジュールを確認して、フライアーが休みにできて、円山夜想のライブスケジュールが空いてたのが5/6だったのね。

で、もうひと組くらいいた方がいいな〜とか思ってって、ちょうど「そろそろ決めなくちゃ」ってな時期に谷藤師匠と会う機会があって、まぁ、ムネちゃんと師匠と一緒に本間健二がいる円山夜想で過ごすってのはオレにとっては非常に楽しいだろうなと閃いて、オファーしました。

まぁ、師匠のバンドRecallのフルセットは会場的に厳しいのでアコセットでって事で。

で、その後ムネちゃんからは出演は黒田雄亮とのユニットMUNEQLOで出演するとの話があって、この二人にオレにRecallのメンバー…。見事におっさんだらけとなり、タイトルはほぼ自動的に【第三回 円山中高年親睦会】にした。

日程的にもこどもの日の翌日に中高年の日にしてもいいかなってのもあったし。

アレだ。我々中高年ってある意味、最近の若い子よりもガキ臭いからね(笑)。
こうやって楽しむんだってアレが出るライブになると思うよ。

お楽しみだ。

あ、「遊びに行こうかな?」って思ってる方は、会場準備の都合上、事前にFacebookかTwitterのメッセージまたはkurageyagarden@gmail.comまで、お名前と人数教えていただけると助かります。

2019年5月6日
【第三回 円山中高年親睦会】
場所:円山夜想<マルヤマノクターン>(札幌市中央区南1条西24丁目ヴィンテージビル地下)
OPEN/19:00〜
START/19:30〜
料金:2000円(1ドリンク付)
出演: Recall (谷藤勝彦、沖田真里、みゃん@)/ MUNEQLO (宗形修、黒田雄亮)/ 辻正仁

※出演順は当日あみだくじで決定(開演時にステージで)

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本題前の長い話(本題は次回)

割とご無沙汰してました。

なんだかわからんがバタバタしておったのだけど、ようやく落ち着いたような気がしないでもない。
また来週あたりから慌ただしいけど。

という隙間をぬって、昨日はものすごく久しぶりに髪を切りに行った。今年初。
もううっとおしくて耐えられなくなり、柳本さんの店へ、閉店間際に駆け込むようなアレで。
最近の肩こりの原因は髪の毛の重さだったんじゃないかってくらい首から上を軽く感じる。
ついでながら、頭の中身は常に軽い。

ちなみに、その二日前はかなり徹底的に部屋掃除。
めずらしく乗りに乗って引っ越しするかのような勢いで片付けた。

さらに前日にはたまった洗濯物を担いで川へ。いや、コインランドリーへ。

あ、知っている方は知っているが、洗濯機を持っていないのね。
どうせ溜め込むから。
で、その溜め込んだ洗濯物を一気に片付けるような洗濯機なんて自分ちに置くと邪魔だし、置ける洗濯機で何回も洗濯してたら面倒だし、夜中に洗濯機動かすと迷惑になるから、休みの昼間が洗濯に費やされるじゃん。
なので、部屋を探す時の条件がコインランドリー徒歩10分圏内なんすよ。

冷蔵庫もないけど、こっちは徒歩1分にコンビニあるしね。

だから、冷蔵庫がリビングから1分、洗濯機まで10分かかる馬鹿デカイ家に住んでると思えば、どちらかというと便利だしリッチな気分になれる(笑)。

まぁ、今回の洗濯はそんなに遅い時間ではなかったけど。

で、布団も洗える大きなドラムに洗濯物突っ込んで、ちょっと散歩して戻ってきてから乾燥まで終わるの待ってね、そんで、オレはいっつもコインランドリーで洗濯物畳んでバッグに詰めて帰ってくるのね。帰ってからたたむの面倒なんで。バッグ開けてそのままケースに畳んだ洗濯物を突っ込んでいく。

という事で、コインランドリーでしばらく過ごすのだが、その間ずっとラジオ番組が流れてまして。あんまりこの時間帯にラジオ聞かないから新鮮であった。
なんか、中高生をターゲットにした番組なんだけど、多分、音楽7割、トーク3割くらいの構成で、それ自体は好ましい。
最近の日本の音楽も、好きなもの以外はあんまり聴く機会なかったんで、興味深いのよ。まぁ、トークは「学校で何の委員やってるか?」とか「文化祭がどんなのか」みたいな、本当に中高生に絞り込んだ話題で、どうでもよかったんだけど。

曲はね、メロディとかサウンドっていうよりはね、編集力みたいなもんがうまいなと思ったのね最近の曲は。えっと、個人的な好みとは別なアレとして。やっぱりこの辺が、音楽がデータとして捉えられてるのかなって気もしたけど、それでもそこにはなんか面白い発想のものはあるのよ。

ただね、何曲も聴いているうちに次第に、不思議な気分になってきまして。
全部が全部ではないけど、総じてどの曲のサウンドもなんか「追い立てる」というか「追い詰める」ような空気があるのね。デジタルで入力されたサウンドだし、ボーカルの感じとかも含めて。
なんか「前向きに行こうぜ」とか「楽しみましょう」ってな曲なんだろうけど、それも強迫観念に駆られてやってるような空気というのかな? テンポの遅い曲でもそうなのね。

う〜ん、音が隙間なく埋め込まれていて、全部きっちり制御されてるから「揺れ」がないってのもあるだろうし、音圧が高いからってもあるのだろうし、こっちが若く無いからついていけないってのもあるんだろうけど、なんかが苦しそうなんだよな〜。
自分の若い頃は中高生が聴いてたのはこんな感じじゃなかたよな〜って。
それがいいとか悪いではなくて、こういうのが中高生向けの番組で紹介されるってことは、今がそういう空気感なんだろうってことなんだと思うのね。中高生の皆さんは、意識として追い詰められてるとかって認識は無いだろうけど、こういう音楽を普通に自分の感性とフィットしたものとして聴いているってのは、そういうことなんだろうなと。

そこには多分、おっさんには認識できない、今の若い人たちに訴える何かがあるのだろうね。
ちょうど、自分が中高生だった頃に聴いてた音楽の魅力を、当時のおっさんたちが理解できなかったのと同じように。

とか考えながら聴いてたら、ちょうど乾燥が済んだ服をたたみ始める頃にリクエストコーナーになって、そこで中高生からリクエストされた曲は、そういう追い詰められた感があまりなかった。どっちかというと、自分もこういう感じの聴いてたなみたいな。

って事はって事で、その場で考えたことが二つあって一つは、このリクエストコーナーで紹介される曲の空気と番組の流れにメリハリをつけるっていう構成上の意図があって、追い詰められる感のある曲を選曲してるのかなと。
で、もう一つは、楽曲を作ってる大人の人とか、番組でこの曲を流してもらえるようにしてる大人の人たちが「中高生にはこういうのがウケる」あるいは「中高生にこういうのを浸透させたい」みたいな、ちょっと本人たちの求めてるものとはズレたものを良しとしてしまってる勘違いがあるのかなと。

ん〜、昔こういう事をやってた大人の人たちは、中高生だったオレに向けて、わざわざリクエストしなくても、こっちの知らなかった、でも「あぁ、こういうのがオレの聴きたかった音楽なんだよ〜」ってのを教えてくれてたもんだけどね。

などとすっかりおっさん丸出しな感想を持ったワタクシは、次回いかにもそれらしいライブをやります。

おっさんばっかり出演します(笑)。

前置きが長くなったんで、このライブについてのアレコレはまた次回。

2019年5月6日
【第三回 円山中高年親睦会】
場所:円山夜想<マルヤマノクターン>(札幌市中央区南1条西24丁目ヴィンテージビル地下)
OPEN/19:00〜
START/19:30〜
料金:2000円(1ドリンク付)
出演: Recall (谷藤勝彦、沖田真里、みゃん@)/ MUNEQLO (宗形修、黒田雄亮)/ 辻正仁

※出演順は当日あみだくじで決定(開演時にステージで)



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【字展】が楽しかった。

本日は【字展】という展示会に行って来た。

4/10まで。中央区南1西12のAMSビル4F「NECCO」で開催中。

19:00〜23:00が入場可能時間。
ちょっと早く到着してしまったんだが、運良く裕樹だんが居て入れてもらった。
ビルの1Fからの会場の入り方がわかりづらいので、行く方は苦労するように。

この【字展】。タイトルからお分りいただけるかと思うが『字』をモチーフにしたアートの展示会である。
裕樹さんの他に、たまにライブで絡んだりする、がじーも出展していた。

字を視覚的に表現した作品(抽象画になっていたり、文章を立体構造で読ませる表現方法があったり)、文章の構造に細工して別々の意味を混在させていたり、文字を読むスタイルを(しわくちゃになった手紙とか)提示していたりと、単純な『字を読む』と言うことに諸々の表現による作用が加わると言うか、読む方にちょっと異なる刺激を与えるというったような作品が展示されておる。

個人的にすごく楽しかった。
SNSでもちょっと書いたが、オレからするとアミューズメントパークやら人気の美味しい飲食店に行くとかより楽しい。なんか気持ちが踊る。

さっき書いたことと重複するが、出展者によって「字」を視覚的に扱うアプローチの作品もあれば、「言葉」あるいは「文章」をどのように表現していくかと言うアプローチをしているものもある。
中には裕樹さんの作品もそうなのだが、来場者が参加して作品を作っていくようなものもあり、これが多分放っておくと一晩中でも熱中しちゃうような「遊び」で、気分が踊る。

ちょっと頭がうまく動いてない状況だったんでアレだが、冴えてる時だったらもうちょっと気の利いたものを残せたのにな〜と、多少残念だった。そのくらいやる気を刺激された。

そういうアレも含めて、非常に詩的な刺激を受けて来ました。

なんちゅうんだろう? おそらく詩を書くものが、詩を作り上げる過程で半ば無意識に行なっている思考や精神の作業(字や言葉の視覚化、意味や構造の解体〜再構築などなど)を一旦分離させて、それぞれの作品の中でどの要素にフォーカスするか? ってところを作品にしているような…

全出展者の個々の作品のの中から、そういう展覧会全体の面白さを作ってるな〜って気がした。

理屈っぽくてすまん。

コレね、どんなアートでも言えることだと思うけど、「現場に足を運んでで作品を見る」っていう受け手側の行為があって成立する部分ってか、伝わらない「空気」ってのがあるのね。それも作品の重要な要素ってのかな?
例えばSNSで会場や作品の写真見たり、今書いてるような文章読んでても絶対にわからないものがあるのよ。
そういうのでわかった気になってるより、行って生で作品を見て「なんかわからないけど面白かった」ってほうが、ちゃんとわかってるって事になるものがあるのよ。素晴らしい作品はもちろん、たとえどんな駄作だとしても。

まぁ、ライブなんてのもそういうのが如実に現れるものでね。
写真とか動画とか録音だけだと接待にわからない「場の空気」ってものが大事だったりして。

わかりやすく言うと、CDになってる音楽作品が紹介されてるジャケット写真を見たり、解説者の詳細な解説読んだり、作者自身のインタビューとか読んでも、作品のことなんてわからないのよ。
それは、受け手がそれを「聴く」という行為があって初めて出現するもの、受け手の感受性を経由して発生するものだから。

重ね重ね、理屈っぽい事をお詫びします。

まぁ、そういう訳で、こういう紹介やら感想ってのは作品を体験する前段階の「きっかけ」なんでね。こういうので行った気になったりどんな展示会か理解したつもりにならない方がいいです。

以上、非常に遠回しに「行ってみたらいいよ」ってことをお伝えしました。

あと、裕樹さんの作品からちょっと素敵なアイディアを頂いて来た。前からやろうとしてて、どういう形が面白くて現状で可能かなってのを考えてたところにぴったりとはまった。

多分、夏くらいには準備できると思われ。

そういう収穫もあり、浮かれて書いてみました。














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