海月屋・辻の日々

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いびきがひびきわたる

ボヤボヤしてるうちにまた日記が停滞しておったな。

んと、昨日は『円山海月〜MaruyamaKurage〜』の収録をやってきた。
ものすごく久しぶりにMickと会う。多分、去年は一度も顔を見てないんじゃないかな? ってか、一昨年の夏にかの字がピアノサポートしてくれたライブ以来だったんじゃないかと思う。

痩せてるなりにちょっと太ってた(笑)
まぁ、それでも痩せてるんだけどね。

でも心身共に元気そうでなにより。

数日中には公開になると思うが、ちょっと公開できないような話を長々したのも含め、本当に「音楽的世間話」という番組本来のテーマに沿った話になってたな〜と思う。

近日中に公開になると思う。


で、問題はその後だ。
帰って寝てから。

普段はイビキってあんまりかいてないと思うんだけどね。寝てるからよくわからないけど。
で、多分昨日はものすごいイビキをかいてたと思う。もう「ンゴ〜、グォ〜」ってな感じの。
なんせ、その音で目覚めて喉カラッカラだったもん。
初めてだねこんなの。

でさ、そのイビキをかいてる間ってずっとその音聴きながら、それが夢に反映してるの。

舞台はヨーロッパ(笑)
まぁヨーロッパの田舎にありそうな古い石畳の道路と石造りの家が立ち並んでる街並みで、馬車とか走ってるのね。
あと、りんご積んだ荷車をロバが轢いてたりして。オレの無意識も陳腐だな。

なんか、夢の中では学生かなんかになってて、それでクラス(と言っても野外のカフェテラスみたいなところにみんないるんだが)全員に何かの飲み物が配られてて、飲むように指示される。
で、ちょっと俺は飲むの躊躇したんだけど、みんなゴクゴク飲んでるし、遅れをとるとまずいので(なにがまずいんだか知らないけど、とにかく夢の中ではそうだ)一口か二口飲むのね。
そのあたりで先に飲んでた連中に異変が生じる。

ちょっと夢なんで何がどういう経緯かはアレなんだけど、その飲み物ってのが二種類あって、生化学実験に使われてるのね。オレらは被験者なワケ。何も知らされてないんだけどさ。その飲み物のひとつは体がバイオ的ななんかの作用で狼のようになって凶暴になり、もう一つは飲むと類人猿的な感じに変貌するの。

で、目の前の何人かが狼になったり猿になっていったりする。

狼の方は映画『狼男アメリカン』で、狼になりかけの、キバ生えて顔つきが狼っぽくなって体毛が生えてきてるような。
猿の方はもう『猿の惑星』ね。

それで、狼になっちゃった方は自制がきかないくらい凶暴になって街中で暴れ出すわ、猿になったやつを襲うわの大騒ぎ。
そして、皆さんから遅れをとって飲み始めた俺は、途中で皆さんがおかしくなったもんだから、二口くらいで「コレ、飲んだらマズイ(味のはなしではない)」と思って、途中で捨てるのね。で、狼から逃げる。さらに秘密の実験なんで(だったらなぜ屋外でやってるんだろう?)、秘密を公表されたくない人たちも追いかけてくる。
で、逃げてる途中でオレも猿の惑星っぽくなるのちょっとだけ。多分、二口しか飲んでないからちょっとだけなんだね(笑)。

それでもさ、猿になったおかげで塀の上とか飛び越えたりできて、結構便利なんだ。
便利なのはいいけど、猿になりかけてるから、喋ろうとしてもなんか「フゴフゴ」とか「ゴフゴフ」とか言ってるのね、
さらに、逃げてるんで息切れしてまたその呼吸音も「グォ〜ゴゴ〜」みたいな感じで、自分で止めようと思っても止まらないのよ。つまりそれがイビキなんだけど。

それで、逃げてる時に喉がカラカラに乾いてきて、隠れた場所にリンゴがあってさ。さっきのロバが運んでたやつ。
「このリンゴ食べたら人間になれる」とか思ったオレは聖書を勘違いしてたんだと思う。

そしてらリンゴが坂道を転げ堕ちて言って、転げた先に鬼がいるってあたりは「こぶとりじいさん」とのコラボだ。
で、攻めてきたと思ってる鬼に囲まれて「違うんです!」って叫ぼうとしても「フンゴ〜」としか叫べなくて、その「フンゴ〜」あたりで「オレってイビキかいてない?」って思って目が覚めた。

人間て幾つになっても見る夢は子供の頃と対して変わらんのだろうか?









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ビートルズって「世界遺産」にならないのかな?

昨日は下らなさすぎて唖然とした映像の話だったが、本日は感無量な映像の話。

ここのところ、ちょっとずつビートルズ関連の動画をYouTubeで漁っていた。
例によって気になったことを集中して確認する作業というのかな?

今回は、別のアーティストがビートルズナンバー及び各メンバーのソロ作品をカバーしたライブ映像を色々と物色してたのね。
所謂「トリビュート」みたいなイベントのものとかが多かったけど。中にはポールがジョンやジョージの曲を演奏してるのだったり、リンゴのボーカル曲をポールと一緒に演奏してるのかもあるけど。

でさ、誰だったか忘れたけど演奏する前に「オレの両親が一番好きだった、俺も一番好きだった、そして俺の娘も一番好きなグループの曲をこれから演奏するよ」みたいな事言ってビートルズの曲やったりするわけだ。

もうなんかね、そういう一人一人の演奏とか、客席の表情とか観てて、本当に泣けてきまして。
歳食ってくると涙腺がもうね…(笑)

本当に世界のあちこちで色んな年代の色んな人たちが、そして今活動している多くのミュージシャン達がビートルズ大好きだよなって。そんでみんな楽しそうで幸せそうなんだよねビートルズの曲演奏すると。

なんちゅうのかな?
オレもビートルズの曲が大好きで、色んな思い入れがあったりっていうか人生の大半をビートルズの曲を聴きながら過ごしているわけで、で、おそらく世界中の何十万だか何百万だか何千万の人たちがオレと同じように、そして俺とは異なるそれぞれ別の思い入れでビートルズを愛してるんだよね。おそらく最近生まれた子供の中にも将来物心着いてからビートルズを好きになる子がいるだろうと思う。それも決して少なくない人数で。

そういう、非常に個人的なんだけど公共性のあるってか、世代も人種も国境も関係なしに共有できる幸福感、幸福な時間っを得られるものってそんなに多くはないよね。というか、他に思いつかないんだけど。

『オールマイラヴィング』が始まった瞬間に顔をくしゃくしゃにして泣き出すじいさんの表情も、おそらくギターやっているであろう少年が『サージェントペッパー』で一瞬入るギターのフレーズに合わせてその通りに左指を動かす仕草も、一体どこの誰かは知らないけど「そうだよ、オレも同じ気持ちだよ」って

改めてというか、齢を取れば取るほどビートルズの凄さが大きく感じるようになる。
なおかつさ、前にも書いたけど、そういうことも含めてビートルズの物語って未だに続いてるんだと思うんだよね。

そんな事を考えながら、本日のタイトルがふと思い浮かんだのでした。




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ほぼ無料で110分間の無駄を得る

本を読むのも漫画を読むのも億劫な事があってどうしたもんかと思っていたら、世の中は便利というかなんというか、中古屋で投げ売りされているDVDというものがあった。
レンタルよりも安いぞ。

とういう事で、TVのない我が家でもPCで再生できるので試しに映画のDVDを購入してみた。
まぁ投げ売りされているくらいだからほぼB級といっていいだろう。その割にニコラス・ケイジが主演だが。まぁあの人、日本未公開なだけで結構どうでもいいような作品に顔を出してるらしいからな。
いや、日本で公開したものだってかなりどうでもいいというか、そんなに大掛かりでもないアクションとかサスペンスとかなんだけどね。
特にじっくり観入って感動したいとか極端に興奮したりするつもりもなく、寝転がって『パイナップルアーミー(漫画です)』で¥かなんか読むような感覚というか、何も考えないために適度に興味を集中できる程度で頭を使わなくていいものを見たかったので丁度良い。

でさ、なんか飛行機ものの所謂クライムサスペンスだと思ったのね。内容の解説とかも読まなかったんだけど。

結論からいうととんでもなく酷いシロモノだった。まだ火曜サスペンス劇場の方が説得力というか、作品世界の中でのリアリティは維持できてるんじゃないかってくらいの。

とにかく脚本が薄っぺらい。カタルシスが希薄。時効気が最終的には無理やりな着陸をするんだが、一切の緊張感がない。話の中身に説得力がない。なんの解決もない。エキストラが少なすぎる。なんのために飛行機で危機的状況になってるんだか、話のテーマと飛行機内であることの必然性が何もない。
単にフライトもののサスペンス風味の話であり、それも「聖書の教え(かなり如何わしい新興宗教的な解釈です念のため)」を狂信的に信望してる人たちが世間に邪険にされてるけど、やっぱり本当だったねって話で、現実生活とバランスをとりながら生活している人たちが「私たちが間違ってました」という事らしいんだが、そんなもん現実にその教えだかなんだかが証明できなくて世間から困り者扱いされてるから作り話で「そら見たことか」ってのをやってそれでお終いみたいな。

なんだこれ?

あんまり筋立てを教えるのも営業妨害になるかもしれないから避けるけど、わかりやすく例えると「宇宙人が地球人になりすまして世界を乗っ取ろうとしている」と主張している人がいるとしましょう。
それが事実かどうかはオレも知らないけど、実証できるものはないし、証拠をあげても反論もあるしとても世間一般には認知されてないよね?
そういうことを言う人はちょっと変わっているとか、証拠もないのにとか解釈の仕方で覆されるようなものを証拠として無闇に信じているだけだと思われるじゃん?
そういう人が、「宇宙人が地球人になりすまして世界を乗っ取ろうとしている」という映画を作って、その中で登場人物に「否定してたけど、自分が間違ってた」というセリフを吐かせているだけの映画です。

なので、宇宙人が地球人になりすましている事になんの解決もないです。

それだけの為にニコラス・ケイジが貴重を務める飛行機が燃料漏れして強行着陸します。そこがこの話のメインの舞台なんだが、ニコラスさんが機内ですったもんだやっている間に世界中で大変な事になっている為に、飛行機一機の話がそれほどの重大事になってないのよ。

なおかつ、NYからロンドンに向かうジャンボジェットなのに客室乗務員が2人しかおらず、その内の一人はその事件のおかげでいなくなっている。
客もだな、出てくるの20人くらいが騒いでるだけなのよ。全然ジャンボジェット感がないのね。

結構な予算を使ってると思うんだが、視野の狭いプロデユーサーだか脚本家だか監督だかの関心のあることしか画面に出てこない。なもんで、その関心ごとが見てる方に説得力を持って伝わらないという、非常に自己満足的な一品でした。
興味のある方は是非ごらんください(笑)

なんかある意味すげえもん観たなと。
作品の足がかりにするための最初の思いつきのアイディアだけを映像化しましたみたいな。なかなか観れるものではない。
普通はもっと「錬る」作業があるんじゃないかってか、思いついた後に頭の中でだってもう少しなんか考えるだろうに。

という作品でした。

タイトルすら忘れた。
というのも、自分は二度と観ないだろうし、捨てるのも勿体無いので購入したのとは別の中古屋に売ってきた。
まぁ投げ売りされてたくらいだから値がつかなくてもそのまままた売りに出されてもいいかなと思ったんだが、ちゃんと買い取ってくれた。買った値段とほぼ同じ金額で(笑)。

中古業界ってどういう構造になっているんだろう?

こっちの方が面白い映画になるんじゃなかろうか?




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繰り返す人の世の愚かさを神様のせいにしてちゃ駄目さ(『ひかり と いのり』by自分 JASRAC非登録)


いくつかの話題を取り上げて強引につなげてみようと思う(笑)


前にも書いたような気もするが

自分の曲、特に歌詞に関しては「特定の一つの事柄」に関して書くということはあまりない。
完全に無いわけではないけど。

それよりは、いくつかの事柄だとか、思いついた言葉のフレーズだとか、自分の思っている事、感じた事で共通する空気というのかな? そういうものがあると一つの歌詞の中に織りまぜるってパターンの方が多い気がする。
なおかつ、言葉をシンプルにしたいのでかなり抽象度が高いというか、象徴主義的な歌詞になることが多いかもね。

なんちゅうか、カレー作ってるみたいな。
ある曲に関しては角切りの肉が大量に入っており「肉メイン」の料理になる場合もあれば、野菜がごろっとしていて「野菜カレー」みたいな印象を与えるものもあったりするだろう。しかし、カレーなんである。
中には、イモや玉ねぎなんかを細かく切り刻んでいて煮込んだら原型を確認できないカレー、肉しか入っていないように見えるカレーもあるかも知れんが、それでもカレーとしてイモも玉ねぎもちゃんと入っているんである。
その辺は曲によって毎回作るカレーの感じは変わると思うが…。
最終的に、肉メインだろうが野菜が目立っていようが、カレーとして美味しくいただければと思いながら作っておる。




さて、次の話題

ちょっといくつか有名な方の言葉を。

まずは
マーティン・ルーサー・キングの言葉

最大の悲劇は
悪人の圧制や残酷さではなく
善人の沈黙である


黙って服従することは
しばしば安易な道ではあるが
決して道徳的な道ではないのだ
それは臆病者の道なのだ


そして、マザー・テレサ

暗いと不平を言うよりも
あなたが進んで
明かりをつけなさい


導いてくれる人を待っていてはいけません
あなたが人々を導いていくのです


もう一つ、彼女の言葉として
愛の反対は
憎しみではなく
無関心

というのもよく知られているが、コレは実は彼女は言ってないらしい。
誰か他の方の言葉がマザー・テレサの言葉として、主に日本で広く紹介されているようなんだが、まぁ違う人が言ってたって、言葉自体はとても共感できるし、有名な人とか偉人の発言じゃ無いと意味がないとか価値が減るものでは無いだろう。

ジョン・レノンは

みんな包装紙が立派だからって崇めるけれど、大切なのはその中身だ
なんて言ってたな。

そんなジョンの発言で

核兵器に関して言えば、僕達はみんな核兵器のボタンを押す人間と同じだけの責任を持っている

という発言もある。


それで、政治の問題にしても、そのほかの諸々に関しても、実に無関心(あるいはそのように装っている)な人や、理不尽なことや横暴な圧力に関しても黙って従っている方が多いなと思う。
「難しくてよくわからないから」ってのがもう違うのではないかな? と思うのだ。

まぁ、自分もそんなに偉そうに言えるほど何かしている訳でもないんだが、おかしなことは「おかしいじゃないか」と言わなければそのままになっちゃうよなって思うのよ。

自分の周囲に関しても、フェイスブックとかの発言でまったくこう言うことに反応がないとか、発言がない様子ってのが、まぁそこで言わなきゃならんものでもないんだが、特に音楽人なんかは表現物に関して関わってくる問題に「どういう考え持ってるんだろう?」とかふと思うことあるし、日本に関しては著名な存在である人たちもあまりそういう発言しないなと思う。

以前だったら忌野清志郎さんとかさかんにやってたけどね。今だと知っている範囲だと坂本龍一さんくらいかなぁ…。あとはアジカンの後藤さん(だっけ?)とかHEAT WAVEの山口さんか。
まぁみなさんの曲を聴いているわけではないけど、佐野元春さんとかたまに楽曲でエンタメしながらもガツンと来るのがあるけどね。
あとたまの桑田さんの曲に入れるあの漫画的におちょくってみる態度とかでもいいんだけどさ。


例えばアメリカだと今だとトランプ氏に反対だってことでマドンナが抗議集会に参加して歌うとかさ、ちょっと前になるけどスプリングスティーンとかがブッシュに反対表明するとか、ジャクソン・ブラウンが中心になって原発に反対とか、アメリカじゃないけどU2のボノがアフリカ問題に取り組んでるとかさ。自分の知名度もある意味利用して、啓蒙活動したり、自分と同じ考えを持つ人たちと協力したり、矢面に立ったりするんだけどね。
この前の大統領選挙のときだって、主張がどうだって言うのは抜きにして、キャロル・キングとかボニー・レイットとかが自分の主張もしつつ「まずは、投票に行こう」って呼びかけしてたりさ。

そう言うのもSNSで紹介されてるのよ。そう言うの見てプロだろうがアマだろうが表現者として活動してるみんさんはどう考えてるのかなって。

こう言うのって、思ってこと感じたことを素直に言えばいいじゃんって思うんだよね。
知識不足だろうが認識甘かろうが、自分の生活する中での感想なんだから。その上で認識不足な点とか、明らかに誤認識している点は気づいた奴が攻撃するんじゃなくて「間違ってますよ」って教えればいいだけの話じゃん。
こういうところで揚げ足取りみたいにして攻撃してくる人ってのは特に気にしなくていいと思うんだけど、やっぱ炎上とかが怖いのかな?


自分が発言しても意味がないとか、偉そうなこと言えませんみたいのもわからんではないが、こう言うのは正直なところを小さな声でもいいからそれぞれの立場で上げ続けなきゃなと思うんだけど。


そんで
日本で音楽の著作権を管理しているJASRACが今度は音楽教室で使用した場合も金を取るといい始めた。
こう言うことを始めたのは、要するに収益が少なくなってきたからどっかから取ろうって発想である。
以前にも書いたが、個人でやっているようなカフェや楽器店で流している音楽にまで使用料を取ろうとしているんで、その流れだろう。

こういうところで良い音楽に触れる機会があるからこそ次に育っていく音楽が生まれる訳で、こんなことやってたらその音楽を普及させてくれる店や教室が立ち行かなくなって、そういう機会がどんどん減っていくだけでしょうよ。

麦でも米でも来年植える分は手をつけないもんである。

いくつかの知っているところにJASRACが使用料を徴収しに来た時の話を聞いても、どうも彼らは作品が自分らのものだという気でいるようだ。
例の包括契約なんて一律で一定料金聴取しておいて、使用楽曲に関して著作権者に対してきちんと分配されていないようだし。あるミリオンヒットを飛ばした作曲者がカラオケなどで使用されている分が正当に分配されないために問い合わせたところ「使用場所や回数を調べて提出すれば分配しますよ」的なことを言われたらしい。

えと、著作権の管理会社なんです。
著作権者に代わって、楽曲の使用状況を管理、調査を代行して著作権者が正当な利益を得られるようにするのが役割で、その管理や調査の手数料をもらう会社でしょう? 著作物の管理はJASRACにある訳ではないはず。

つまり、金の回収は一生懸命なようだが管理がずさんで役割をまっとうしていないのです。

んと、今回の音楽教室から徴収する件に関しては、宇多田ヒカルさんが「自分の曲は音楽教室で無料で使って欲しい」と発言している。著作権者が、である。
ただ、これは徴収することが決まれば残念ながら希望は通らないだろうなとは思う。

おそらく、著作権法の解釈の仕方によって徴収できると踏んだからそういう方針を発表したんだと思うのね。法律の文言は解釈で色々とやれるからね。

要するに、下品なやり方だなと思う。

自分らが何のために存在してそういう活動するのかって志の部分に関しては放り投げてるみたいなもんじゃないか。
そこをまっとうするための法律なんだとしたら、そんなに幅広い解釈は思いつかない、または思いとどまるだろうに。

宇多田さんの発言に関しては、もしかしたら「アンタが決められる問題じゃない」みたいな批判があったりするかもしれない。
でも、オレとしては結果がどうであれ、こういうふうに声を上げるところを支持したい。
むしろ有名とか人気あるとかは別にしてJASRACに登録している方々はもっとこの件に関してそれぞれの声を上げるべきだと思うし、自分としては登録作品を持っていなくても音楽に関わっているいろんな人がそれぞれの考えを表明したらいいのになと思う。これは、音楽が豊かなものであり続けるための問題だと思うから。

先ほど紹介した、マドンナなどのアメリカのアーティストだっておそらく批判されたりもしてるんだと思うよ。ボノなんかはそう言うのも聞くしね。
それでもめげずにやるんだねあの人たちは。そこはないように賛同するしないは別として、やっぱり素晴らしいなと思う。

さて、もう一度キング牧師、マザー・テレサ、ジョン・レノンの言葉を読み返してみてね。



それで、冒頭の話に戻るけど

俺の作ったカレーの話ね。

最近できた曲の中の、肉なんだかイモなんだかわからないけど、その曲にはちょっとこの人達に共感できる気持ちも控えめに入っている。

小さな声でも上げ続けようって話だったんで、この身も蓋もない人間からの小さな声として紹介しときます。
一部音程を外しかけてるが気にするな(笑)













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大五郎、3分間待つのだぞ(by 大塚ボンカレー)


タイトルが古過ぎてスマン

それで、昨日の続きなんだけど

先日選択に行った時に流れていたラジオ放送で以上に素晴らしい企画をやっていた。
ちょっとそこのステーションで以前に番組の構成とかをちょこっとやってたもので、その時に自分がやっておきたかったと思うような企画でした。

あのですね、その番組で「今日は演奏時間3分の曲ばかりかけます」ってのをやってたの。厳密に言うと3分1秒とか2秒とかのもあったみたいだけど、基本的に「3分」と言っていい長さの曲ばかりチョイスするという。そして曲間のトークも都度3分でやっていたようだ。
これの何が素晴らしいって

常々思ってたんだが、ポップソングの基本は3分前後、目安として3分というのが情動というか、基礎的なフォーマットだと思っているんです。
まぁ、自分の曲なんか平気で6分とか8分とかあるし、最近の曲はだいたいシングルでも4〜5分くらいじゃないかと思うが、ビートルズを含めポップスの基本構造の中にこの「3分で完結する」というものがあるように思っている。
なんだろう? 「飽きない、ダレない時間でなおかつ快適に印象を残せる。聞き手が一聴して全容を理解できる。すっと入ってくる」というのがこの3分目安なんではないかと。

その他、例えば携帯普及以前の電話の1通話単位というのが3分。ウルトラマンの活動制限時間が3分。タイトルにもしたレトルトカレーやカップ麺が出来上がるのにようするのが3分。 今はどうなんだか知らないけど、簡易証明写真の出来上がりの時間もあり「3分間写真」なんて言われ方をしたりもしてた。

つまり、音楽に限らず「ポップ」であることと「3分間」というのは何か密接な関係があると睨んでいるのです。
手頃でわかりやすく、快適で即時的でスピーディーな上にモン族感があって、さらにそれが過剰供給にならない。体感的な理解ができる許容範囲で軽妙さも含まれる。時間が短いので時間的にリーズナブルに、例えばアルバムであれば45分間で約15曲と、疲れない時間内に諸々バラエティも楽しめる。
それが3分でありポップであることの重要なファクターなんじゃないのかな?

とかずっと思ってたのね。

なので、番組全部聞いてたわけではないのだけど、当然トーク内容も3分間に関する話になるだろうし、久しぶりに自分が思いつきたかったってなアレでした。

そんなこんなで、実は自分の曲も3分丁度ではないけど、4分切るような3分台のものができないかなと思いながら毎回作ってるんだけど、出来上がるといつのまにかもっと長くなってるんだよな〜

この文章も3分でかけたら面白いかもと思って書き始めたんだけど、無理だったな〜




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洗濯場所の選択





先日のことになるが、たまった洗濯物をどうにかするためにコインランドリーへ。

以前にも紹介したと思うが、洗濯機持ってないのね。
まぁ、ものをあまり持っていたくないってのもあって、ある時期にテレビと冷蔵庫と洗濯機はいらないものと判断して処分した。

それぞれ不必要の理由はあるのだが、洗濯機に関しては、独り者のアレでどうしてもついつい溜め込んでしまうのである。
で、いざ洗濯するってことになると自宅に置ける洗濯機の大きさだと2、3回に分ける必要が生じる。しかも夜中とかに回すと近隣の迷惑になるので当然、休日の日中にやることになる。それだけで休日が終わる。
そう思うと億劫なのでなかなか選択しない。
洗濯物がたまる。
そうするといざ洗濯するってことになると…

と、状況がループする。

で、あれば最近の布団まで洗濯できるコインランドリーに行けば溜め込んだ洗濯物を全部放り込んで一回で済むのである。しかも夜中になろうが何しようが構わない。
洗剤も勝手に注入してくれるし、放り込んだまま乾燥までしてくれる。
およそ一時間くらいなので、帰宅してから洗濯ものを放り込んで、飯食いに行くとか本読んで待ってりゃ終わってる。
そのまま乾燥まで終えた衣類をコインランドリーの中でたたんじゃって回収してくるのね。あとは部屋に帰って片っ端から突っ込んでいけば終了。

ということで、引っ越しするときも条件として「コインランドリー徒歩10分圏内」を掲げて部屋探しをしたりする。

それで、今までは本当に10分のところにあるコインランドリーを利用していたのだが、これが結構利用されているところなんで、ヘタな時間に行くとドラムが空くのを待たされる事が多く、それもまた難儀なんで本当に夜中に行くことが多かったのね。
で、最近になって5分くらいのところにコインランドリーができたのを発見。それがまたちょうど中心部のオフィフやら官庁関係のビルなんかがあるエリアと住宅エリアの境目みたいなところにできたせいか、結構どの時間でも空いているんである。なんて素晴らしいのでしょう。

なので、最近はそこを利用しているんだが、一つだけアレなのは、前に行ってたところは店内で有線放送がかかってたのね。チャンネルが最近のJ-POPになっているみたいで、そこで普段自分が積極的には聴いてない最近の音楽なんかを耳にして「あ〜、こういう傾向なんだ〜」みたいなものを知ったりしてたのさ。
ところが、最近行っている方は、FM放送を流している。多分ノースウェーブ。
別に悪くはないんんだけど、ちょっとJ-POPと言ってもわりと自分の範疇のものだとか、洋楽も結構オイシイところを紹介してたりするので、逆に「普段入ってこない情報を自分の耳で確認する」っていう意味では有線のほうが役に立ったかなと…。

まぁ、だからと言ってワザワザ遠くて待ち時間の恐れある場所に行くことはないんだけど。

ちょっとこっちのコインランドリーは行くたびにほぼ他の利用者に出くわすことがないので、「こんなにいつも空いてたらそのウチなくなっちゃうんじゃなかろうか?」という不安がよぎるくらい快適なんである。









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「音が良い」というのは数値でわかるものなのか?

本当に早いもので今年に入ってからあれよあれよと言う間に1ヶ月が過ぎた。えっ、もう? ってなもんである。
ペースが速過ぎて地球の好転速度についていけない。この調子でいくとあと11ヶ月くらいで今年が終わるような気がする。

そんなわけで、昨夜は今年初めてマルノクにお邪魔した。色々ありましてすっかりご挨拶が遅れておった。

なんか、歌謡曲の話とかでちょっとマニアック傾向の話題の流れになていたのだが、最終的に「ザ・ナンバーワン・バンド」の話題で締める。なかなか普通にこのバンド名を出して話がスムーズに通じる事が稀なだけに、おかしな高揚感に包まれる。

で、一応はオシャレなバーの佇まいの店内で、「六本木のベンちゃん」を流して終了。10年以上聴いてなかったんだけど、AppleMusicで見つけたので、早速ダウンロードもした。そして、曲自体はもう30年以上前のものなんだが、妙に音が良いことに改めて感心した。

なんちゅうんだろ? 昨今のいわゆる「ハイクオリティーなサウンド」って、まぁ確かに結構バランスとか質感にこだわっている方々のは非常に良い音だとは思うのだが、それ以外のというか、現在の環境の中でシステマチックにかつ無自覚に録音されている音ってさ、音質的にbit数がどうだのダイナミックレンジがなんだのっていう数値的なところで提示されると確かに質が高いってことになるんだろうが、それはあくまでも「データ的な音質」であって「体感的な音質」としての良質さというはまた別な話になってくるんじゃないだろうかと思いながら帰宅致しましたとさ。




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