海月屋・辻の日々

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「祈り」について

 はい、本当にマズイ世の中になってきました。

「なぜ人を殺してはいけないの?」という質問をする気はないけど(コレに関しては伊坂孝太郎氏の小説「マリアビートル」に非常に秀逸な回答が書かれていると思うので、興味があれば)、こうは問いたい。

「なぜ、みんなで仲良くやろうとしないの?」

ちなみに、「仲良く」というのはソリが合わない相手に対してもお互いを尊重して、互いが不快な気持ちにならないように適度な距離を保とうとする意識も含まれる。


それはそれとして

僕は家としては真言宗なんだけど、僕自身は特定の宗教は持っていない。
まぁ、初めて般若心経の中身を知った時には「コレ、まるっきりジョン・レノンじゃん」って思ったけど。

で、特定の宗教は持たないが、多分とても原始的なというか人間の脳ミソだか心理だかの働きに組み込まれているであろう「信仰心」みたいなものは持っている。
それが神様だろうと物理学的、量子論的な宇宙の運動作用だろうと、便所で見かけた落書きの一節であろうと大して違いはないだろうと思える何かに対しての。

という訳で、結構「祈る」という行為はあまり意識せずにやっているようだ(何についての祈りかは内緒にしとく)。
そういえば結構自分の曲にも「祈る」というのは登場するように思う。

でもさ
違和感あるんだよね。
「自分には何もできないけど、祈ります。祈ればいいんだ」
みたいな発言みたいの見かけると…

ある意味、天下取ったって存在感のSMAPみたいな存在が「ナンバーワンにならなくてもいい」って歌ったことを真に受けてしまってる「なにもしてない人」とかさ、その曲が「オリコン何週連続1位!」とかって話題になってたのと同じような違和感。

あ、それで思い出したけど…。
別に悪い曲だとは思わないし歌われてる事も嫌いじゃないんだけどね、あの曲。
ただ「花屋の花ってのは、売るために生産されて、あらかじめ選別された上で店に並んでるだろう」ってツッコミをどうしても入れたくなってしまって、ちょっとその事をヒントに自分流に『野に咲く花』って曲を書きかけてたんだけど、アレはどこに行ったかな?

話がそれた

「祈り」の話。

なんかね、「祈りましょう」ってのはいいんだよ。「祈り」という行為がその人にとってなにかしらの力や支えになる事があるとも思っているし。
ただ、その言葉を受け取った側からの発言になんだか説得力よりも違和感を感じるのね。
思考停止しちゃってるような…

もう、「祈り」を安心材料にしちゃってるだけみたいな。

そりゃ、自分ではなにも出来ない、どうしようもない事に対して祈る事はある。もちろん。
そしてその祈りが状況に変化をもたらす事だってあるだろうと本気で思っている。

が、だ。

すごく大雑把に言えば

「祈る心」
「思考する頭」
「行動する体」

が循環するってか、相互作用していくのが健全なのではないかと思うのよ。

どこがスタートになるのかは「ニワトリが先か、タマゴが先か」みたいにちょっとわからないけど。
ニワトリ問題に関しては、個人的には「ヒヨコが先」だった可能性も捨てられない。

また話が逸れた…。

何に対して祈るのかを明確にして祈りの強度を高めるには、その事に関して自分がどう考えているのか、何を感じているのかを思考する必要があるし、思考の材料ってのは自分が動いて経験をしていくところから収穫するんじゃないかと。

そして祈れば、本当に祈れば
自ずと思考はより明確になってくるし、行動や言動も変わってくる。
その行動によってウ編まれた新たな経験が、思考に加えられ、また祈る。
お互いがお互いにフィードバックしていく。

自分がそうなってるかどうかは神棚に置いとくけど(笑)、本来はそういう事なんじゃないかな。
そういう事を意識して祈るのと、そうじゃないのでも結構違うと思う。

なんか、賽銭箱に小銭放り込んで安心だけしてたって、そこにつかの間の安心はあるだろうけどその他には何もないよね。
そんで、「祈り中毒」「祈り依存症」みたいになって何もしないで祈ってたってねぇ〜

祈りを免罪符にして思考停止してれば日々の佇まいになんの変化もないでしょうきっと。

なんちゅーかね、「頭でっかち」も嫌だし「筋肉バカ」も嫌だし「心だけ重視」みたいのも嫌なのよ。
全部持って生まれちゃってるんだから、それ全部をうまいこと駆使してかないとアレなんじゃないかなって。

何のために祈るのか?

大事なのは祈る事ではなくて
「何のため」ってところじゃないのかなって

みたいな事が、神社で手を合わせた時に思い浮かんだ。











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舞い上がるおじさん

そんなアレで昨日は『500L』
盛り上がりました。
ってか盛り上げられましたオレが(笑)

若い方々の良いステージに煽られまして…
久しぶりに空回りするぐらいに気持ちの昂りのもとで歌いまして。まぁ空回ったんですけど(笑)

昨日はなんちゅーか、世代はバラバラなれど、出演者全員が礎としている音楽がとても似ていると思うのね。なんかそういう空気だった。

で、特にというかasahiちゃん。
話はチラホラ耳にしてたんだけど、お会いするのは初めてで。
今回のライブのちょっと前に「どんな曲歌う人だろう?」と思ってYouTubeなんかで探してみたんだけどさ。
曲がとても良いというか、ストライクど真ん中っていうかだったのさ。

昨日、ある方から彼女について「今日1日で虜になりますよ。いろんな意味で」ってメッセージもらったんだけど、その通りだった。

おやじキラーなのかな(笑)?

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明らかにメロディーとかが俺らの世代が育ってきた音なのね。で、若い子がそういうのやってくれると、その子らの世代感というかその年齢での現在の価値観とか解釈が入るから新鮮なのよ。懐かしいとかそういうんじゃなくて「受け継がれるもの」みたいなことまで気持ちによぎるし。

なんか「今、ジョン・レノンと同じ気持ちだ」みたいな歌で私は決壊しまして。涙腺が。

そんで『満月の夕』のカバーやってた時は、隣で聴いてたマスター本間さんが泣いてたという、おやじキラーぶり。

なんちゅーかね、もう娘と言ってもいいくらいの年齢の子がね、自分が若い頃に(まぁ未だにだけど)気持ちの支えみたいなものにしてきた音楽を、同じような気持ちで自分の体に取り込んでいるのだなってのが、単純に嬉しかったよね。

で、話してみると天真爛漫というか、おっとりしてるけど結構ハッキリ物事言うんだけどさ。生意気とかって感じじゃなくて、邪気もなければ屈託もないのでなんか可愛い。
北海道では「めんこい」というのだが、その言葉が非常にあっていると思う。

そーゆーアレコレとかあってテンション上がっちゃって、予定してた曲をほぼすっ飛ばして、歌った曲の歌詞も所々すっ飛びながらも気持ちも飛んでおりました。

いや楽しかった。

アンコールではカホンの池田さんとギターに「マスクド相馬」というマスクマンが入りまして…
そのあたりの事はほとんど記憶にないのですが。


〜 セットリスト 〜

楽な気分で
理由はいらない
神様の調べ
求愛ラプソディー
座右の銘
さすらう

-アンコール-

ありふれたあいのうた
HI-lite


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あとね、前説として登場したマスター、本間さんがラップスティールで日本民謡を弾き語りするってのが、結構カッコよかった。あ〜、まぁ歌唱力ってことでいえばアレなんだけど、でもカッコよかった。

マスクド相馬と目黒エンペラーズは、覆面して偽名を使う意味がよくわからんのだが、マスクをダシにしたネタは楽しかったな。ベタだけど。
歌はもとから好きだからね。多分、覆面の中の人は素でそれやるのに躊躇するんだろうけど。

イッチーこと、市沢光英くんは青森県出身でさ、震災チャリティってことに関しては思いも人一倍であろうと思う。
彼が途中から津軽弁でMCをしたんだけどね。オレはそれがすごくいいなと思った。
自分の国の言葉で語ったあとに聴く彼の歌は、それまでよりももっと近い距離で受け取れたように感じた。

あとね、jakeが見に来てて、次回の500Lには出演するって張り切ってた。
そんな次回は12月の予定でございます。


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