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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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テレビが「いいとも~」で済まされない時代になりました

「笑っていいとも」が終わったね。

グダグダなまま終わってよかったなと思う。

なんでもいいんだよねあの番組。

なんでもいいのに、テレビを捨てた僕がわざわざネットカフェで最後の放送をダラ~っと眺めてた。
そういう番組だったと思う。

結構いろんなところで語られてるんで、いちいち出典は記載しないけど
「いいともって見終わった後に何やってたのかぜんぜん覚えてない」
というやつね。

それが魅力だったのね。

実は僕は「いいとも」スタート前のタモリが好きで、小学生のころから「四ヶ国語麻雀」とかのネタで喜んでるイヤなガキだったわけです。
中学生のときは毎週欠かさずオールナイトニッポン聞いてたし。発禁になったアルバムとか大好きだった。

そのタモリが昼の司会になるってのが、子供心に「大丈夫なのか?」っていう好奇心があってね。
最初の半年くらいの「昼に浮いてる空気」が好きだった。

すぐに「ともだちの輪っ!」とか「いいとも~!」とか流行りだしてね。サラリーマンとか飲み会で「も一軒行ってもいいかな~?」「いいとも~!」とかやってて...

僕もちょっとそれに乗じて、高校の時に友達と面白いことやったりしたな。

その後、学校出てからほとんど見てないけどね。「タモリ普通の司会の人になっちゃってつまらんくなったな」とか思ってたんだけど。

五年前くらいだったかな? この惰性でやってるような見ても見なくてもどっちでもいいようなものを続けてる過激さみたいなもんをふと考えて...まぁ、すぐ忘れるんだけど。どっちでもいいから(笑)

なんかベストセラーになったタモリを評した本にもあったけど、「笑っていいとも」の終わりってやっぱある意味テレビ文化の終わりなんだろうなと思うんだな。

毎日だらっと見てる惰性とか、生放送で起きるハプニングや不適切さとか、ほとんどなぁなぁで、それこそ「いいとも~」で済ませちゃって、何があっても翌日も何食わぬ顔で放送続ける。変わらずにテレビがある。中のことは悶着起きても「いいとも~」ってことで大きな問題にもせずに流れていく...

最近の放送倫理がどうしたとか、広告費用のなんちゃらとかって、要は観るほうも作るほうもテレビで許容されてた「いいとも~で済んじゃってなんとなく明日も続く」って事を許容できなくなっているってことだと思うのね。

「笑っていいとも」という番組が惰性で続かなくなったってのは、テレビがもう僕がガキのころから慣れ親しんだテレビとして存在できなくなりましたってことかなと。大げさに言えば。

夜にやってた特番、全部見たワケじゃないけど、最後の出演者の挨拶。
個人的には爆笑問題と鶴餅さんとSMAPメンバーのが好きだったな。

最終的に、あの番組って色んなタレントがガチャガチャそれぞれでどうでもいいけど何かをやってて、特にタモリはなにするわけでもないんだけど中心にいることでなんとなく調和が保たれてるっていうか、「いいとも~」で済んじゃうっていうバランスだったかなと。タモリって胎蔵界曼荼羅の中心にいる大日如来みたいなものかなと(曼荼羅の解釈は僕がかってに思ってることなんで、違ってたらスマン)最後の番組見ながら考えてましたとさ。

別にタモリが引退したわけでもないんだけど、これこの数ヶ月であの人「昼のくだらない番組の司会者」だったのが、なんか立派な偉業を果たした人みたくなっちゃったでしょ?
この後、色んなところに呼ばれて「32年も云々」みたいな話題とかで、偉大な業績として扱われるだろうから(いや、ギネスに認定されてるくらいだか、確かにそうなんだけど)、本人のスタンスが取りにくくなるんじゃないだろうかね?

まぁ、本人最後まで淡々と薄ら笑い浮かべてていい感じだったけど。



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