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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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音楽の話のようでいて音楽は置き去り


あのゴーストライターがいたとか本当は聞こえてるんじゃないのかって人…

やった事に関しては色々言われてるからもういいやって気がするんだけど、こういうのってさ、その人が注目、賞賛されている間は決して出てこないんだけどひとたび何かほころびが生じると「そういえばこんな事がありました」って発言し始める人が必ず出て来るよね。

とある雑誌では取材中に「この人、ちょっとどうなんだろう?」という疑問が生じて取り上げるのをやめました。その時にはこんな感じで怪しいなと思ったんですよ。みたいな内容でその取材の顛末を紹介してたりするみたいだけどさ。
だったら怪しいと思った時に調べりゃいいのに。で、人気絶頂のさなかに「この人、宣伝されてる事と違うみたいですよ」ってやれなかった事情でもあるんだろうかね? ま、報道系の雑誌じゃないからって事なのかな?

それはそれとして。

ゴーストライターの発言から騒動が始まった時に一番疑問に思ったのは「この人、何がやりたかった人なんだろう?」ってこと。
若い頃から色んな形で音楽業界に売り込んでたらしいから、きっかけは音楽が好きって事なんだろうと思う。
でもさ、人に曲を書かせて自作と偽って、さらに障害者であるというエピソードを付け加えて出て来るってのは、自分の作品を聴いてほしいとか、音楽性を認められたいとか思っている人のソレではないよね。
結果、詐欺と言われるような形になったが、売れる事を目的としてイメージ戦略を取ったプロデューサーとも言える。

あんまり詳しくはアレだけど、クレジットは自分の名前になってるけど、第三者の手が入りまくってほとんど自分が書いた原型をとどめてない作品を出してるって人もいるしね。
その歌い手のキャラクターというかイメージを作って、その方針に従った曲を発表するってのは結構ありがちな話だ。
買う人は、そうしたイメージやキャラクターにまつわる物語込みで音楽を買う。

「署名が集まらなくてはリリースできない」とか「何枚毎売らないと解散」とかって企画も同様。

それにしても

なんだよな。

多分、この人は名声とお金が欲しかったんだろうね。
最初は音楽が好きだったかもしれないけれど、どっかでそういう方向になっちゃったのかもね。

僕はまったく売れているワケではないけれど、もちろん売れたいなとは今でも思ってるけれど、それは「自分の書いた曲が評価されたらいいな」という事であって、誰かが書いた曲を自分のですと言って売れたとしても面白くも何ともない。
面倒が増えるだけの事のように思う。

だれかに曲を提供した場合も自分の名前をクレジットしていただいている。それは、まぁ僕の自己顕示欲と言ってもいいかもしれない。
自分の曲を褒めてもらうのが好きなんです(笑)。


そして、もうひとつの事

このキャラクターイメージと物語付きの音楽に感動したという人たち。
音楽を購入した人たちの感覚である。

もともとは別なテーマで書かれた音楽に「HIROSHIMA」というタイトルが付けられて、その思いが語られると、ちゃんとその語られた内容に従って感動しちゃった人たち。

「納豆ダイエット」を紹介されてスーパーから在庫が消えるほど購入しまくって、本当に痩せちゃった人たちである(笑)。〜話が逸脱するが、そりゃ、納豆ばっかり食べてたら、それまでの食事と比較すれば痩せると思うんだけどな〜

なんていうのかな?
それがいいとか悪いとかではないのだけど、自分の感性で音楽を判断してないよね。
ちょっと感動できるような物語を提供されると、それがすべての評価になってしまう。
そういう風潮を理解して、利用して売り込んでたんだよね、あの人。

そういうもの何もなしに音楽作っても評価されない事を知っていて、世間の風潮に応じた売り方したんでしょうよ。

たとえば、僕はビートルズが大好きだけれど、最初にビートルズのレコードを聴かされた時には、それがどこの誰だかも知らなかった。それでもやっぱりかっこ良かったよね。しかも、そのレコードを聴いて、もっと小さい頃にCMで使われて、反応しちゃってた曲がある事に気がついた。
そこからビートルズってどんな人たちだろう?と思い、そして、彼らの曲の中でも自分のお気に入りの曲を書いている、もしくは歌っているのがほとんどジョン・レノンである事を知ってという順番だ。

それはまぁ、他のアーティストでも大体同じだね。佐野元春もラジオで曲聴いてだし、山下達郎に関しては「Raid On Time」で人気になるちょっと前から聴いていて、あの曲でCMに本人が現れた時には、申し訳ないがもうちょっとハンサムであって欲しかったと思ったくらいだ(笑)。

情報が先行していなかった時代の幸せな音楽との出会い方だったのかな?

最初にあるのはアーティストの人間性でも、イメージに基づいた物語でもなく、音楽そのものが自分にフィットするかどうかだった。
だから、僕は純粋に音楽に感動できたし、いまでもそうしている。
もちろん、長く聴き続けているアーティストであれば、そのキャリアの上で今回はこの曲が出たって聞き方はするけどさ。
その上で気に入らなきゃ、「あんまり良くないな」とか言うよ。

だからまぁね、あの人の音楽を「感動した」って聴いていて本当に音楽に感動してたなら今でもその音楽に感動できるハズだし、だまされたとかって憤慨するなら、自分の音楽の聴く姿勢をもうちょっと修正すればいいんじゃないかなと思う。

う〜んと、障害を持っている方が、同じ障害者でありながらこんな作曲活動を行っている人がいるってことに励まされたり、勇気をもらったと感じていた場合には、僕の言ってる事は当てはまらないけどね。
そこはもう、あの人が完全にアウトだよなと思う。


いずれにせよ、これって売る方も聴く方も、作品の善し悪しとか、表現に対する評価っていうのとまったく違うところに焦点あててましたって話のような気がする。




























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