fc2ブログ

海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

※各記事下の「拍手」クリックで辻へのメッセージを書き込むことができます(非公開)                                       

入院33日目~ ウソなら良かったのにな

本日、いつもより若干遅めに目覚め、まずロビーに行って新聞を広げてみた。

なにげに最初に目に留まった記事は、フィル・ラモーン氏死去のニュース。

年齢的にはありえなくもないし、ショックという事でもなかったんだが、やはり残念だなぁと思う。

音楽界に残した業績はまさに『多大な』あるいは『偉大な』という表現にふさわしい。
その辺は専門的な記事やなんかを参照していただければよいと思うので、個人的な思い入れについて…



音楽にのめり込んだのがビートルズからだったから、当然のようにレコードを作るのには『プロデューサー』という人が存在するのは知っていた。

ビートルズに関する物語や解説なんかを読むと、必ずそこには『プロデューサー ジョージ・マーティン』がいかに彼らの音楽に重要な存在だったかが語られている。

だからプロデューサーってのは大事な存在で、レコーディングの陣頭指揮をとる人だという認識はあったと思う。

ただ、具体的に何がどう大事だったり、どんな事するんだかがうまくイメージできてなかったと思うんだな。そんな事知らなくてもビートルズの音楽は楽しめるしね。

その後プロデューサーとして知ったのは、同じくビートルズの活動を追ったところで登場したフィル・スペクターで、この人はアーティストを問わずこの人ならではの手法で独特のサウンドを作った人だと…
だから、その『ウォール・オブ・サウンド』あるいは『スペクター・サウンド』と呼ばれる音を作りたい者は、フィル・スペクターにプロデューサーになってもらうらしいと・・・

ま、アルバム毎にサウンドが違うビートルズ作品をプロデュースしたジョージ・マーティンとは様子が違う(笑)。
だからやっぱり僕のプロデューサーに対する認識は漠然としたままだった。


話は少し脱線するけど、なけなしの小遣いをやりくりして手に入れるレコードは少年時代の僕にとっては、一枚一枚が宝物みたいなもの。
レコードを聴く時にはジャケットやライナーノーツ、歌詞など、そこに印刷されている文字はくまなく読んだ。

アナログレコードというのは何度も何度も聴くと擦りきれるのである。
『擦りきれるまで聴く』というのが、何度も熱心に聴く事の比喩的表現だと思ってたのに本当だったんだと知ったのが、ポール・サイモンの『Still Crazy After All Theas Years』というアルバムだった。

そのアルバムが丁度擦りきれかけてた頃に夢中で聴き込んだのが、ビリー・ジョエルの『52nd Street』。
この二枚のアルバムはそれぞれグラミー賞の「最優秀アルバム」を受賞しているんだが、少年時代の僕はアルバムにちりばめられた数多くの細かい文字から、両方のアルバムに同じ人物の名前を見つける。

それがプロデューサー、フィル・ラモーンだった。

二枚のアルバムどちらもそのアーティストの代表作と言えるそれぞれの個性が光る作品である。
ポール・サイモンもビリー・ジョエルも自分で曲を書いて歌う人だから当然曲調も異なる。

それでもやはりこの二枚の作品にはどこかしら共通した空気感のようなものが漂っている。そして、これはどの程度までプロデューサーの影響なのか、はたまた偶然なのかは知らないが、個性の異なる2人の曲の細部でふと耳に残る印象的なメロディラインが同じである事を発見したりする。少なくとも僕はそこにフィル・ラモーンの気配を感じたんだな。

そして、フィル・ラモーンはその後、ジョン・レノンの最初の息子、ジュリアン・レノンのデビューアルバムをプロデュースした。
先に紹介した2作とまた毛色が違う・・・
でもやはりこの作品も聴き込む事に心地よさを感じさせる何かがあった。

後に聞いた話だが、この作品はジョン・レノンをプロデュースしたかったフィル・ラモーンのかなわなかった夢をジュリアンを通して実現させようとした側面もあったらしい。

つまり「オレならジョン・レノンにこんなアルバムを作らせるよ」ってな事だろう。

さらに、高校を出た頃だったか、数日間、根室の小さなジャズ喫茶に入り浸って、マスターに色んな話を伺ったんだけど、帰ってからそのレクチャーで勧められたジャズの名盤『ゲッツ/ジルベルト』を買ってきて、あらおどろいた。
1965年発表のこのアルバムにもフィル・ラモーンの名前がクレジットされていた。プロデューサーではなく、レコーディングエンジニアとして(後で知ったが、この作品はグラミーの『最優秀録音賞』を受賞している。

ま、フィル・ラモーンはエンジニアからプロデューサーになっていった人なんだね。

こうした数々のフィル・ラモーンさんに関わる個人的な体験から、僕は「音楽プロデューサーって一体どういう事なの?」って事にも関心を寄せるようになった。

もちろん、プロデューサーなんて知らなくても音楽は楽しめるものだが、プロデュース観点から音楽を聴くと、音楽に対して色んな発見もあるし、一言にプロデューサーと言っても、そこには色んなタイプがいることも分かってくる。

アーティストの意向を踏まえてそれを実現するために尽力するとか、個性を踏まえた上で方向づけするタイプ。
誰を担当しても自分のサウンドに当てはめていくタイプ。
主役に何をやらせるかというところから作っていくタイプ。
単にお金だけ出したり、バジェット管理だけで、内容に関してはノータッチなタイプ

などなど…

そうすると、同じアーティストでプロデューサーが違うとどうなるかって比較とか、聴いた事のないアーティストでもプロデューサー買いしてみるとかで、また色々と勉強できるのね。楽しみが増える。
おかげでジョージ・マーティンがいかにビートルズに必要なプロデューサーだったか、ジョージ・マーティンでなければビートルズも今のような存在ではなかっただろうってのも良く理解できるようになった。


これ以上細かな事を書いてくと、段々マニアックな世界になるんで割愛するけど、要するにフィル・ラモーンという人は、僕に最初にプロデューサーっていうものに興味を持たせてくれた人なんだな。

ちなみに紹介した二枚のアルバム。未だに愛聴している。

ご冥福と感謝を。

ところで、おかげさまでプロデューサーについての多少の認識が養われた僕がもし、自分のアルバムのプロデューサーを指名できるとしたら(夢ですよ)、断然ジョー・ヘンリーだな。
未分類 |
BACK | HOME |