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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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よい番組でした

先週と今週、佐野さんのラジオ番組『モトハル・レディオショウ』のゲストが雪村いづみであった。

意外とも思えるが、考えてみれば僕のように聴く方はどちらも好んで聴いている訳だからなんらkの通ずるものもあるのかもしれない。

番組の最後のほうでサラっとゲストの口から出て佐野さんは流していたんでよくわからないが、どうも雪村さんのほうが佐野さんのファンで手紙を出したのがきっかけというような話だった。
そういう事でこんな聞きごたえのある番組ができるんだから、やはり手紙は読まずに食べはいけない。

来年で歌手生活60周年なんだそうだ…

番組のなにが素晴らしいって、2週に渡ってゲストを迎える前に、その前の放送でゲストがデビューした和製ポップス黎明期の音楽を一時間紹介した上で、その当事者から話を聞くって流れを作ってるところね。ちなみにその時の放送では弘田三枝子さんがかっちょよかった。

さて、雪村さんの50年代、60年代の音をタップリ聞けたのもよかったが(なんせ鳥肌立つような歌だ)、本人の話がまた…。当時どんなふうに扱われてたのか分からないけど、ポップスの本家アメリカに呼ばれてラスベガスで歌ったりしてた人である。これは番組聞いてはじめて知ったが『TIME』の表紙を飾った事もあるそうだ。

そーゆー話をだな、まるで少女のような語り口でアッケラカンとしゃべっている空気が素敵だ。
多分、男性でこんだけのキャリアがあるともっと威厳みたいなもんが前面に出ちゃうとか、謙虚な姿勢であっても『立派な人』って印象になると思うのね。

雪村さんはあくまでも『楽しくてチャーミングな人』だった。

しかも、素晴らしいキャリアを持ちながら、聞かれる内容のほとんどに対して『おぼえてな~い』である(笑)。または、佐野さんが『1958年にはこんな事もありましたね』って紹介すると『へ~、そうだったんだぁ』と無邪気に驚いておられる。
本人の口から出るのは、なんとなく記憶している楽屋のレイアウトとか、実際の功績とは直接関係のない話。

『覚えてな~い』『わすれちゃったぁ』という当人の語り口と佐野山河紹介するデータと当時の音源というが雪村いづみという歌手を雄弁に伝えていた気がする。
細かな事実がどーのこーのよりも、本人が『わすれちゃったぁ』と喋る声のほうが肝心な事が伝わるんだなという気がしましたよ。

後はね、自分で歌う外国曲の訳詩も書いてたって事で、英語詞と日本語詞の情報量の差についての話がね、以前に佐野さんや桑田佳祐氏が言ってたのと同じ事言ってて、まぁ、お粗末ながら自分でやってる事の実感も含め洋楽に刺激を受けて曲書き始めた人なら感じることなんだろうけど「あ、この人歌手ってだけでなく表現者って意識あるんだろうな」と。

さて、毎回Youtubeから音を拝借しようとは思ってなかったんだけど、せっかくの話題なんで、ご紹介。

今回番組は50~60年代の彼女にスポットを当てていたんで、この曲はかからなかったけどね。
僕が雪村いずみをアレコレ聴くようになったきっかけ。この曲自体も大好きで、自分で歌ったこともある。

オリジナルは霧島昇で、EPOとかもカバーしてたな。僕はコレとアン・サリーのバージョンが好きだ。
服部良一作品を色々調べるきっかけにもなった曲です。










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