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海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

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脳、能、悩 ~NO,NO,NO~



子供の頃によく考えてた事のひとつに、例えば「◎」という図形を見て「二重丸」ということで周囲と了解が取れるので「◎」は二重丸であるという事になっているけど、果たして同じ図形を見て自分とA君やBサンはまったく同じ形を認識しているのかどうか? という疑問があった。というか今でもある。

「あの女の人キレイだね」「そうだねぇ」なんて事で会話している二人は対象の人物を同じ姿として見ているのか?とかね。

自分が「緑」だと思うこの色を他人の網膜を通して自分の脳みそで情報処理すると、自分が「緑」だと思っている色とは違うかもしれないとか。

そういうことって考えない?

つまりは、我々は同じ対象物を「同じものを見ている」という認識の下に見ているわけだけど、実は自分と他者では目に映る世界のあり方はだいぶ違うかもしれないなということ。

人間と鳥や昆虫ではかなり違うらしいからね。蝶々が見ている世界はかなりサイケデリックらしいし。人間が見るよりも色彩が豊かみたいだね。
そういうのは人間同士であっても個体差はあると思うんだな。

それで、どうもやっぱりあるらしい。

最近の研究でわかったそうなんだけど、「赤」というのは人によってずいぶん違うってのが研究で解明されたそうで、つまりは同じ夕焼け空を見ても個人個人で違う風景を見ていて、同じものを見ているという認識の元に「キレイな夕焼けだね」なんて話をしているワケだ。

今のところ解明できているのは「赤」だけみたいだけど、人間が認識できる色は「赤、青、緑」だけでこの色素の組み合わせで他の色を情報処理するみたいだから、一個違うだけでもずいぶんいろんな色が実は違ってるんだろうなと思うし、「緑、青」だって違う色合いに見えてるかもしれないし、色だけではなくて形だって個人差がある気がする。

脳みそで見たものの印象を判断するってことはその上に個々の心理的要因も影響するわけで、そうするとこの世は「同じ世界に生きている」っていうよりも「一人一人の世界が重なり合ったり影響を与え合ったりしている」と考えた方がいいんじゃないかね?

この考えを推し進めて行って、ちょっと奇妙な事を思いついたんだけど、たぶんこれなかなか受け入れられないと思うんで(実際、かなり話の通じる人に話したことあるんだけど、まったく理解されなくて話が堂々巡りで終わった)、やめておく。

簡単に言うと、例えばサイババの能力が真実である世界とインチキである世界が同時に存在していて、どちらも本当であるというような事が無数の組み合わせで起こっているのが現実で、自分というのはその世界の数だけ存在しているのではなくて、その無数の世界が交じり合う中で、ひとつの固体として意識するしないに関わらず無数の選択肢のなかから都度一つの組み合わせを選んで生きているんじゃないかって事です。





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