fc2ブログ

海月屋・辻正仁『短めでお願いします』

※各記事下の「拍手」クリックで辻へのメッセージを書き込むことができます(非公開)                                       

God Only Knows(by The Beach Boys)



こういうことを言うと意外に思われるか、または誤解をもって認識されるのは判りきった事だが、僕は自分の事を宗教的な人間だと思っている。

ただし、既存の特定の宗教やいわゆる「神様」を信奉してはいないし、特定の宗教団体にも特に興味はないし、戒律なんてものには食って掛かるような性分である。宗教というのは一人一人でやるべきもので、みんなで集まって取り決め作ったり、お互いに良い人であることを確認しあったり励ましあったりするもんではないと感じているのです。
要するに僕は宗教的な人間であっても集団的な人間ではないのだろうね。

ただまぁ、「神」というものに関してはわりとよく考えていたり感じていたりするんだと思う。
その「神」というのがヒゲの生えたじいさんなんだか、人間の思考や心理の産物なんだか、地球外知的生命なんだか、量子物理学的な自然現象の事なんだか、自分の事(笑)なんだかは判らないし、別にどれでもいいんだけどね。ひとつに決める必要もないだろうし。
意外とヒゲの生えたばあさんかもしれない。それだったらこの前地下鉄で見かけた(笑)。

少なくとも僕の感じる神様が在るのだとしたら、この程度の事で「不謹慎だ」と怒りはしない。そんなシャレの通じない狭量な人間と同じような輩であるなら僕と神は話が合いそうもないし、話をしても退屈なんでお互いの幸せのために関わり合うのはやめといた方がいい。

神が万物の創造主であるならば「不謹慎さ」も「くだらない冗談」も神の手による創造物なハズで、神の創りたもうたもの以外のものがこの世にあるなら神は万物の創造主ではない事になる。
詳しい話は面倒だしこれは前置きなんで省略するけど、ようするにこっちの事はこっちでやればいいってのが神の御心なんだか自然界の現象なんだかなんだろうと思う。

はい、前置きでした。

で、じいさんなんだかばあさんなんだかは知らないけれど、僕は神ってのがある種の『意思的なもの』を持ってたらいいなとは思うのだ。それが例えば水素と酸素がくっついて水になる現象であっても、「水になりたいからなる」みたいな『意思的なもの』の働きだったら面白いなと。面白いほうがいいじゃん。

そんでもって、多分、僕の神様は非常に冗談好きである。
例えば、実は昨年の秋頃だったかに僕はあるカフェの入り口で封筒が落ちているのを見つけてね。拾ってみたら一万円札が目見当で20枚くらい入っていたのですよ。誰も気づいてないしね、ものすごく迷ったんだけど結局お店の人に知らせて、まぁ落とし主は優雅にコーヒー飲んでたんで、良かったねって話だったんだけどさ。その日しばらく悶々としてね(笑)。
まぁ慢性的に金には困ってたから「黙ってもらっとけば20万円手に入った」とか思って、ず~っと「20万、20万」と念じてるような状態でさ。さらにそのせいで自分を「ちいせぇ人間だな」と思って自己嫌悪になってそれでも「20万」みたいな(笑)。
それで、その日の夜に決心したんですよ「おそらくネコババしても思い悩むだろうが、届けてもこんだけ後をひくなら、今度金拾ったら絶対着服しよう」と。
で、翌日。
同じカフェの入り口。前の日に封筒を発見したまさにその場所にお金が落ちているのを僕は見つけた。



2円(笑)。


愉快でたまらんかったね。前日の悶々も「今度見つけたら」の決意も全部吹き飛んだ。己のみっともなさもね。そういう事に対してなんだかよくわからんが「ザマァ見ろ!」って気分になれたんだよな。
また20万に対して1円じゃなくて2円てのがイカシてる。あ、ちゃんと前日と同じ店員さんに渡したよ「今日は2円だった」って(笑)。

こういう粋でマヌケな経験がまぁよくあるんですよ。あとなんだか奇妙なトラブルにあったりとかもあるけどね。

そういう時に私は神を感じるのだ。
いや、マジで。だから僕はいつも何か大きな存在に(あるいは自然現象に)守られてるような、親しみを込めてからかわれているような(笑)、そんな気分でいる。
そういう意味で僕は宗教的な人間だと思っているのです。


というさ、こんな観点で自分にとっての宗教みたいのを書いてみるのも面白いかなという、この文章全体がひとつの前置きみたいなお話でした。
















スポンサーサイト



未分類 |
| HOME |