海月屋・辻の日々

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たまに見逃してますよ

よく誰かと話しててさ、「この前こんなことがあってね」とか「俺は思うんだけどさ〜」みたいな事を言うと、相手の方が「あぁ、ブログに書いてましたよね〜」とか「読んだよ」的な事を返してくれるんだよね。

意外とみなさんコレ読んでくれてるんだな〜と。

ありがたいようなこっぱずかしいような。

ほとんど独り言みたいなもんだからね。

でもまぁ、読んでいただいているのでアレですが。
これ、日記をアップすると自動的にTwitterとfacebookに通知というか、リンクがアップされる仕組みになってるんで、もしかするとそっから辿ってみてくれてる方が多いのではないかと思うんだけど、どうでしょう?

で、どうもさ、その自動的にアップされるはずの通知が反応してないことがあるらしいんだよね、たまに。

つまり、日記はアップされてるのにfacebookなんかでは更新したお知らせがないと…

という事で、もしかしたら見逃されている時もあるんだろうなと思いますんで、もし興味がある方いれば、のぞいたついでに過去ログもチェックしてみてくださいまし。

ってなことを書いた今日の分も通知されなきゃ意味ないか…。



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もうひと声でもうひと越え



で、まぁこの前の続きなんだけど

色々なところで「人生(と言うと大げさな気がするが)は螺旋階段のよう」みたいな形容を見聞きすることがある。

で、大まかにはそれに賛成している。賛成というか、経験上納得している。

ある地点からまっすぐ垂直に伸びた本筋があるとして、それを取り囲むようにして螺旋状に物事なんだかその人の精神的なものだか経験値みたいなものがの¥上に向かって伸びていくような。

絵面としてそんな感じ。

上に伸びていくっていう方が映像的にわかりやすいだけで、それが必ずしも「成長」だとか「発展」ということにはならないと思うけれど、何かしらの「変化」のイメージとして上昇。まぁ少しは成長してるんだろうという期待も込めてだけど。

で、この「螺旋」が均等に同じ弧を描いている訳でもなくて、同じ上昇角度を持っている訳でもないと思うのさ。

ある時はほとんど平板としか思えないような、そして弧を描いているとは気づけないような長い距離だったり、ある時は小さな弧で急勾配な場合もあったりして、気づかないまま螺旋を二周くらいしている場合もあるでしょう。

どちらにしても、あるポイントで、「あ、前にもここに来たかも」という、ようするに一回りぐるっと回って来たようなポイントに到達することがあって、でもよく見るとこの前そこに来た時よりちょっと上の場所だみたいな。

そういうことを繰り返してるのかな? という気がする。

そんで、先日からの話だけど、やっぱり「お知らせ」は色々と飛び込んで来てるんだな。

ふと見かけたwebの記事とか、何気に開いた本の中とか、ブラブラ歩いていて見かけたこととか…

先日も書いたように、それは一度気がついてってか、気がつくような経験があって、それから徐々に遠ざかるというか意識の部分では忘れてたってか薄れてたことだったんだけど、またそこに近づいてる感じ。

要するに一周してきた訳だ。なので前に見た景色と似ているものに出くわしているような。

でも、その一周分で他にも色々見て来たしさ、歩いた分だけもしかしたら脚力が付いてたり疲労が蓄積されてたりもするかもしれないから、同じような景色でも見え方とか解釈の仕方がちょっと違うとか、余計に腑に落ちる部分とか、逆に「まえに感じたこの視点は今はいらないな」みたいなものもあるんだと思うのね。
それが「一回りしたけど、前よりもちょっと高くなってる場所」って事なんだけど。
だから、前よりも立派になったとかそういうこととは違うんだな。

で、これまでもそういう「螺旋をめぐる」みたいなことをやって来た経験として感じるのは、「もうちょっとで一周する」ってこと。
その「あ、もうちょいで一周するんだな」ってのに今日気づいた。
気づいたきっかけはなんてことのない、散歩してた時の雲の流れと、カラスが鳴いた時のタイミングである。
そんなもんだ。

だって単なる予感だもの。


これをまた過ぎてしばらくしたら(2年とか3年かな?)「あそこからあそこまでの一周ってこんな感じでした」みたいなことを誰かに話してるかもしれないなと思う。この日記で書いたりね。

なんか、最近、以前に一度出会ったものをもう一回復習して「あ、こうだったんじゃん」って気づき直している最中な感じである。

子供の頃、「方程式」ってのが実は全く理解できなかったんだけど、その後に「連立方程式」ってのを習った時に方程式が理解できたのと似た感覚…  かな?

まぁ、もうちょっとお知らせとか来るんだろうと思う。
それは特に劇的でもなんでもなく、予想もしていない方向から、意外な姿でなんとなくやって来るんだと思う。
例えば「道端に転がった犬のウンコ」とか…

見つけるのはいいが、踏まないように気をつけよう。





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すっかり忘れておりました



今日はなんだろ?

とてもやるせない夢を見て目が覚めまして…
まったく現実に即していない夢なんだけどね、なんか古い記憶を刺激するというか、以前のあまり愉快とは言えない事柄に紐づいているような、その体験の現実世界ではなくて多分自分の意識やら思考にない部分の続編みたいなアレなんだけど、うまく言えないな。
うまく言えるならそういう夢ではないんだろうな。

ま、その夢の途中でなぜかガジーを背負って歩いてたたのがますますなんだかよくわからないんだけど。
それはそれで本筋とは別のやるせなさがあるんだが。

とにかく
そんな夢を見たもので、朝から「これはなんだろう?」みたいなものをず〜っと気分的に引きずったまま過ごすことに。

で、ちょっとした用事を終えた帰りに、ちょうど近くで行われていた催しに友人の会社が参加しておったので覗きにいって見た。友人は不在だったけど。

んでさ、そこの近くで非常に久しぶりの音楽人と再会しまして。
かれこれ8年ぶりくらい。
ちゃんと覚えていてくれてた。

しばらく話してたんだけど、詳しくは語らないが彼もまぁその8年の間に色々あったようで、なんちゅうのかな? 今は「新しいサイクル」の中にいるようだ。そして、そのサイクルの中で色々なものを発見したり手にしたりしているようだ。

その派遣したこととか聞いててさ。
なんか昨夜の夢から続いている気分がまたなんか刺激されるんだよな。

これなんだろう?って

それで全部が紐解けた訳ではないんだけど、彼の話の中に、かつて自分が「こういうことなんじゃないか?」って見えてたものがあったんだよね。その部分に対する探求といえば大げさだけど、意識みたいなものがあったんだな。
それ、昨夜の夢で刺激されてちょっと再び顔を出し始めた「愉快とは言えない事柄」で、一回途切れたというか、そこに対する意識を自分で閉じちゃってたんではないかなって気付かされた。

ん〜、消えてはいないんだけど、あえてスルーしてるようなってか、そっから気をそらそうとしてたかなと。
もしかしたら、自分では身についたつもりになっていて、実は全然だったってことかもしれんし。
なんだろう? 自分の中で「形骸化」しちゃってて本質を置き去りにしてたような。

これ多分、今後もしばらくこういう「お知らせ」が幾つかあるって予感がするな。
ひとしきり揃ったらもうちょっと明確に見えるものがありそうだ。

とにかく、なんか今日は「これを思い出せってことだったんだな」と思った次第。思い出してどうすればよいのかわからんけど、も一回そのお題目に関してじっくりと付き合うようにってことなんだろう。

なんの話かさっぱりわからないでしょう(笑)?

うまく説明できない話なんで、単に自分の備忘録みたいなもんだから。

じつにゆっくりではあるが、ぬかるみの中で車輪はまた回り始める。














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使い方によっては「多数決」は暴力でしかなくなる

また嫌なもんが嫌な決め方で決まってしまったようだ。

なんだろ? 本当にみなさんの為になることなら暴力的に決定させなくても、不明点や指摘に対して堂々と筋の通った説明をすれば納得されられるんじゃないかと思うのだけどね。
それを強引に決定してしまうってのは、結局「みなさんのためじゃないから、納得させられないんで勢いで決めちまおう」ってことの表れなんじゃないの?

民主主義の根幹をなすのは「多数決」ではないと思っている。肝は「話し合い」だ。
話し合いを続けるからこそ、少数だとしてもそこに属している人たちの置かれている状況や考えも汲み取ることができるし、その辺を慮って大まかな案を可能な限り多くの帰属者が納得できる形に修正したり、多数側の真意も理解させることができるんじゃないのかね?

だから、民主主義ってのは本来何かを決定するのは遅いハズなんだよ。時間をかける必要があるんだから。

最終的に多数決ってのはわかるよ。どうやったって意見が一つにまとまることなんか無いだろうから。だけどその前にきちんと話し合いがあることで、多数が少数を抑圧するのではなく、少数の意見も意識した運営ができるし、そうすべきが民主主義なんだろうと思うのさ。

あと、話し合いの結果、賛成側だった人が反対派の意見や指摘に納得したり、その逆で反対してた人が賛成派の考えを了承したりして、その上で多数決ならいいさ。
個人の考えの修正に縛りを設けることがないのが前提だよ。

そうじゃなきゃ、多数決はただの暴力でしかない。


さて

世間で言うところの共謀罪ってのがさ、コレ決まっちゃったら、もう警察だか政府だかが「反社会的行為」と判断すれば住民運動だって罪になるわけでしょ? 家の近所に原発作るってなって抗議運動したって捕まるかもしれない。

そうじゃないのかな? そうじゃないって人もいるけど、そうじゃないことを明記してないんじゃないの?
何が該当して、何が該当しないのか? その判断は誰がするのか?

ちょっとわからないから、最悪の事態を考えると心配なんですけど。
たとえ、今の大臣だかなんだかが「そんなことはない」とか言っても、それを信頼できる根拠はなに?
あの人たちしょっちゅう「そんなことはない」って言ってたことやってるじゃん。
自民党ってポスターとかに「TPP断固反対」って書いてたのに、与党になってころっと変わったでしょ? そういう人たちの口約束だけだとちょっと心もとないんですけど。

それがこういう形で決まっちゃってね。
以前に決めた「秘密保護法」にもそういうところがあって、解釈次第でどうにでもできる「融通」を設けてるんだよね?
仮に今は本当にそう言うつもりがないとしてもだ、こういうものの合わせ技と解釈によっては監視と検閲と抑圧にまみれた世の中にできるんじゃないのかね?

とか、こんなこと呑気に日記に書いてアップするだけで明日からオレはいなくなってるかもしれないよね。

それで九条も変えたがってるわけでしょ?
そんなこんあを踏まえて「あの人たち、何がしたいんだろう?」って考えたら、ちょっと怖い気がする。

気楽にラブソングなんか書いたり歌ったりしてるだけで、ライブハウスなんかに力を持った人が視察に来て、演者も客も連行したりなんかして。

そう考えると、コレこそ「テロ行為」なんじゃないかと…












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友人の祝い事ってのは幸せな気分になれるもんだ



IMG_1193.jpg


写真はご来場の方がSNSに投稿してたのを拝借いたしました。

500L無事終了。

今回ももちろん楽しかった。

ちょっとお祝い事などもあったりして。

あとはアレだね、一曲もんの凄くチューニング狂ってて申し訳ない。
やり始めた時に「ん?」と思ったんだけど、そのままいけるかなと思ってやってみたら物凄く狂ってた。もう歌い始めちゃってたんでそのままいきました。

〜 セットリスト 〜

風の道
発情
散歩に行こう
神様の調べ
素敵な君の歌
座右の銘

-アンコール-
Stand By Me(ベン・E・キング カバー)with 本間健二・がじー
ウキウキライフ with 本間健二・がじー

ってな事で、写真にある通り、アンコールで店長の本間さんと、出演したがじーも呼び込んで一緒に演奏してみた。


そんで、次回のライブは


2017年6/29(木)
場所:フライアーパーク(札幌市豊平区平岸4条7丁目)

フライアーパーク19周年記念月間ライヴ

OPEN/20:00〜
START/20:30〜
料金:¥2000(1ドリンク付)
出演: 丸山昂太/辻正仁/小川洋一郎(from大阪)



で、ございます。

よろしくどーぞ。






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