海月屋・辻の日々

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It was twenty years ago today (『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』by THE BEATLES)〜フライアーパーク20周年の個人的なアレコレ〜



※言っとくけど、凄く長い文章だからね。
24日に出演させていただくフライアーパークの20周年記念月間ライブに先駆けて書いてみる。



1998年にフライアーパークがオープンして20年。
交通アクセスが良いとは言えない立地の、小さな店である。
にも関わらず、ここではほぼ連日ライブが行われており(店主の意向によりワザワザ苦労してあえてライブを入れない日を設けているくらいだ)、常に数ヶ月先前までスケジュールが埋まっているような状況。
札幌で音楽活動している人ならこの店の名を知らない者はいないのではないだろうか? もし万が一知らない者がいれば、その人は周囲から「モグリだ」と思われるだろう。
いつの間にか札幌のみならず、道内各地、また道外からもここでの演奏を希望する音楽人が大勢いる。道外でフライアーパークという名前を出しても「あぁ」と話が通じたりすることもある。
今やそんな存在になった。

20年前、開店当初は店の片隅に小さなステージがあり、ギターが置かれていた。
数冊の歌本なども常備されており、会社帰りのサラリーマンなどが立ち寄って、かつて夢中になってたであろうギターを手に取り歌本を広げながら思い出の曲を歌っている風景が見られた。今のように現役でオリジナルを演奏する音楽人がステージを行う方が稀であったと記憶している。

それが20年経った今では、特にアコースティック系のシンガーソングライターにとっては「札幌のメッカ」と呼べるくらいの場所になっている。

ここでライブを行う音楽人が増えるにつれ、それを聴きに来る人たちも増えた。
片隅にあったステージは大きくなり、代わりに縦長の店内を占拠していたカウンターは4分の1程度になり、座席のスペースが増えた。

開店から20年。
今ここで演奏を行なっている20代の音楽人にとっては、フライアーパークという店は音楽をやり始めた時から「ライブと言えばこのフライアーパーク」というような『大きな店(店舗面積の話ではない)』として存在しているのだろう。まだキャリアの短い音楽人がフライアーパークのステージに立ち「この店で演奏することが目標でした」と語っているのを聞いた事も少なくない。

小規模なスペースでお酒を飲みながら生演奏を楽しむ、いわば「パブ」スタイル。
ノルマも会場費もなし。ライブにあたって出演者に経済的な負担は一切なく、客側がドリンク代込みのライブチャージを払うだけで音楽を楽しめるという店は、20年前の札幌にはほんの数える程度しかなく、その店構えはなぜかどこも慣れないものにとっては入りにくい空気を醸し出していた。

そんな中で開店したフライアーパークは、既存の店には失礼かもしれないが、清潔感があり落ち着ける空気があり、こういう世界を知らない人たちも入りやすかったように思う。

そして発表の場を探しているものの、バンドならいざ知らず弾き語りで活動しているのに大きな会場を借りるには厳しい賃料が発生するし、会場に見合う集客も困難という者たちにとっては実に利用しやすい場所になった。

要するに「間口が広がった」のだ。

間口が広がればそこで演奏したいと思う者も増えるし、それによって足を運ぶ機会が生まれる者もいる。おそらく、札幌にはフライアーパークで知り合いのライブを聴きに来たことがきっかけで、メジャーではない札幌の音楽人たちに興味を持って、あちこちのライブに出かけるようになった人もいるだろう。

CDが全盛の頃、実はライブスポットの状況はあまり良くはなかった。フライアーパーク開店後もいくつかのパブ形式の場所が登場しては消えて行った。


こういう世界は関わっている90%以上の人は儲けにならないだろう。

つまりは、演者がやることに対する幅広い理解と愛情があって、さらに儲けのためにではなく、音楽が好きであるが故にこうした場所を維持していくための収益を確保する努力が必要になる。そのバランスが大事だ。
「音楽への愛情と経営の根性」がなければ長続きもできないし、支持もされないのだ。

フライアーパークの店主・宗形氏を始め、長年生き残っている店の店主がどんな人柄なのかを見ればよくわかるだろう。

CD全盛期が終わり、音楽作品の入手方法が配信やダウンロードに傾きかけている現在、ライブスポットは徐々に活気を取り戻しつつある。
これは世界的な傾向で、パブが盛んだったイギリスやアイルランドなども一時衰退していたのが、再び店舗が増え始めているらしい。

手軽に安値で音楽が楽しめるようになった分だけ、人は「その時その場でしか味わえないもの」や「生の感触が伝わるもの」に価値を見出しているのではないかと考える。

そこで大事なのは、ライブ演奏というのはもちろんなのだが、その場所にある「音楽を大切にしている空気」だろう。その空気が提供されないなら家で無料ダウンロードしてる音楽を聴いていれば事足りるのだ。


札幌でもここ5年くらいの間にパブ形式の店が随分と増え、どこも連日のように盛んにライブを行っている。
直接的にしろ間接的にしろ、フライアーパークが「20年で広げた間口」の下支えと「20年維持できる」という前例があったことが影響しているに違いない。おそらく新規店舗を始める人たちの中には「フライアーパークのような」という身近で具体的な先例からイメージを膨らませていったケースも多いだろうと思うのだ。

そういう意味では、宗形氏は演者を見守り育て、ローカル音楽の愛好者を増やし、さらにこうしたライブスポット経営者が持つべき「愛情と根性」の理想的な見本となっていると言えるだろう。


ってさ、ここまではちょっとライター気取りでコラムチックに書いてみた。
ここまでが前半です(笑)
本当は、ここで一旦終えて、また別途更新しようかとも思ったんだけど、このままの勢いでアレする。
こっからはフライアーパークとの個人的なお付き合いにおける20周年の思いを

さて…

今から20年前、「ムネちゃんが店出したんだって」という話を会社の同僚から聞いた。

その1年ほど前だったか、同じく会社の同僚であった現フライアーパーク店主、宗形修氏ことムネちゃんが体を壊して入院したという話を聞いていた。
そして、それっきりいつまで経っても退院したという話を聞かないなと思っていたら、いつの間にか飲み屋を始めたというではないか。

どうもギターも置いてあって、歌わせてくれるらしいということで、どんなところか行ってみた。

縦長の決して広いとは言えない店。
でも雰囲気がすごく良かった。
なんだか立派なカウンターがドンと置かれて、テーブルはおそらく特注とおぼしきピアノを模した形でオシャレ。カウンター後ろの棚にはたくさんの酒が並んでいたはずだが、コレは後々次第にムネちゃんのCDコレクションが占有率を増していく。

洋邦問わず、同年代にはたまらない音楽が流れ、天井にはビートルズやらなんやらのポスターが貼られ、中にはレコード店で飾ってた宣伝用の看板もある(笑)。

店の奥の一角が、人が一人乗れるくらいの小さなステージになっており、ギターが置かれている。そしてカウンターの隅に数冊の歌本(「吉田拓郎曲集」とか「浜田省吾作品集」とか)が積まれていた。
僕は「吉田拓郎曲集」をパラパラとめくって、知っている曲を何曲か歌った。もちろん『落陽』ははずせない。

それが僕のフライアーパークでの最初のステージ。
聴いていたのは一緒に行った同僚とムネちゃん。

その日は「今度ライブやらせてよ」ってな口約束をして帰った。

そんな事が何度かあったけかな?

そのうち、時折ムネちゃんから「ライブやりませんか?」ってお誘いをいただくようになった。

店がオープンする前の年に僕はそれまで活動していたバンドが休止状態になり、諸々の状況からバンドはやりたいもののまた新たにメンバーを集めるのもしんどいお年頃になっていた。

それでも音楽はやりたいし、曲は書き上がるのでそれを披露する場所は欲しい。だがいかんせん、一人で弾き語りをやるのに高い金を払って「ベッシーホール」とか借りるのも厳しいし、お客さんだって集められない。

ムネちゃんのお誘いは渡りに船であったのだ。

多くの音楽人が壁に残していくサインのものすごく奥の奥には20年前に僕が書かせてもらったサインが残っている筈だ。


それから2,3年は年に数回、フライアーで歌わせてもらうのが僕の唯一の対外的な音楽活動だった。

当時はまだ携帯電話も普及しておらず、パソコンだってそんなに行き届いていない。というか、僕もムネちゃんも所有していない時代だ。連絡手段といえば自宅の電話なのだが、僕はまずもって常識のある人が電話をかけるような時間帯に家にいたためしがない。

ライブの出演オファーをするためにムネちゃんはわざわざ僕の職場にやって来て依頼してくれていた。
今思えば、他の出演者にも同じような方法でオファーしてたんだろうな。
そうやって少しずつライブスポットとして知られるようにしていったんだろう。

そういうアレがあるからね、申し訳ないんだけど今だに初めての場所からの依頼がメールでの定型文だったりという事務的なお誘いのところは正直、気が進まないんですよ。
やらせてもらう身分で申し訳ないが「意気に感ず」ってのが原動力なもので。古い人間ですんません。

その最初の数年間、たまにフライアーで弾き語りをやるだけであった僕は、まだバンドにこだわっていた。いや、今だにバンドをやりたいとは思ってるんだけどね。
弾き語りで歌っていることに自信がなかったのもある。ライブをやりながら「本当はバンドの人間なんです」みたいな言い訳を必ず挟んでいた。本当は違うんですみたいな。
だったら人前でやるなって今なら言うけどね(笑)。

そんな状況で人前で歌えてたのは、わざわざ職場にやって来て誘ってくれるムネちゃんのおかげだ。アレがなければおそらく、年に数回とはいえ、人前で歌うことなんてなかったはずで、活動にブランクがあったに違いない。

ムネちゃんのブッキングは常に面白い。というかなんとなく、ひとクセふたクセありそうな人と組まされる事が多い。
僕だけではなく、おそらく演者のだれにも細かいこと言ったり良くないところを指摘するなんてことはしないんだけど、その組み合わせの中に「こういう人とやって刺激されてね」みたいなものがあるんだろうなってのは感じる。
あるいは、僕と誰かまだ日の浅い人を組ますことで、その人に何か伝えてる場合もあるのかもしれないし。「あぁはなるなよ」とか(笑)
そして、そういう若い人たちと組ませてもらう時も、やはりコチラに刺激を与えてくれるのね。なんかケツを煽られてるような面白さがあるんだな。

総じてそういうので勉強させてもらっているわけだ。

ムネちゃんはライブを終えても良いとも悪いとも言わない。たまに気に入ってくれた曲があると「アレは名曲ですよ」とか褒めてくれるけど。こちらも特に感想は聞かない。
多分、また次回に呼んでくれるというのが評価だ。呼ばれなくなったらダメなんだろう。


話が逸れたが、そんな数年間があった後に僕も会社を辞めた。で、それからまた自分の音楽活動を活発にやろうと思ったんだけど、その時に現状でできることとして「ちゃんと言い訳なしで弾き語りできなきゃダメだな」って気持ちにようやくなったんだけどね。
いろんな音楽人に協力してもらって音源制作したりしてた中で、なんちゅうの? バンドの名前に隠れないで、自分名義の看板をちゃんと背負えよっていうね。そういうアレがありまして。

その時に、それ以前の数年間のフライアーでの経験がなければ、何もできなかっただろうなと思うのですよ。

んで、そういう心構えになったところで、ムネちゃんに「自分の誕生日にワンマンライブをやらせてもらえないか?」と相談しまして。
快く承諾してくれた。

最初のワンマンライブの時、天候のせいにするのは言い訳なんだが、猛吹雪のせいで(笑)、開始時間になっても誰一人来ない。
いくら待っても誰もこないので、仕方なくそのままスタートした。
後半になって3人くらい来てくれたが、それまではムネちゃん一人に向けて歌うという、やる側も聞く側も「ワンマンライブ」であった(笑)。

今そういう笑い話にできるのは、その翌年、さすがにこちらからは言い出せなかったんだが、何を血迷ったかムネちゃんの方から「今年もワンマンやりましょう!」と連絡してくれたからだ。
それから10数年、誕生日のワンマンライブは毎年欠かさない恒例行事になり、おかげさまで今では形になるくらいのお客様に来ていただけるようになった。

ムネちゃんからの申し出がなかったら、誰もこなかった一回きりで終わっていたことである。
だから、弾き語りをやる自分ってのは、フライアーパークに育ててもらったようなもんなのね。

そういうことをオレ一人にではなく、ここでやる人たちそれぞれにやってるんだと思うのよ。

それを店を潰さずに20年もやってることに頭が下がるし、それができるから20年やってこれたんだろうとも思う。

で、今年の僕のバースデーライブはおおよそ6時間かけて52曲を歌うというバカな企画だったんだけどさ。
これ、よく人から「すごいですね〜」って言ってもらえるんだけど、半年過ぎた今でも初対面の人に「52曲やったんですよね」とか。

でもさ、語弊のある言い方だけど、自分がやりたいって言ってやってる分にはそんなに大したことじゃないのよ。歌うの好きなんだし、自己顕示欲とか承認欲求強いし(笑)。
本当に凄いのは、それを「ウチでやりましょうよ」って言ってのけるムネちゃんだよね。
しかもアノ人、曲数を上乗せして提案して来たからね、どうかしてる(笑)。


そんなフライアーパークの20周年である。
僕は毎年の「開店記念月間ライブ」の最多出演記録保持者である。
今年も更新できるのが光栄です。
死ぬまで更新し続けてやるつもりだ。

ありがとうございます

そんなこんなの思いもあっての20周年。24日のステージで語り始めたらそれだけで持ち時間オーバーするので、ここに書いておくことにした。

ライブはいつも通り、今歌いたい曲を歌う。
ご一緒の二組はいずれもバンドスタイルの模様。実はちょっと誰かサポートに入ってもらって豪勢にやろうかなとも考えたんだが、先に書いた通り自分にとってはフライアーパークは弾き語りの自分を育ててくれた場所である。

なので、やはり弾き語る。

呼ばれなくなったりしないようにしないとな…




6/24(日)
【フライアーパーク開店20周年記念月間ライヴ】
場所:フライアーパーク(札幌市豊平区平岸4条7丁目)
OPEN/18:30~
START/19:00~
料金:¥1800 (1ドリンク付)
出演 : 辻正仁 / 小松大介 / Recall



















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今月を振り返り、来月を仰ぎ見る


ふと振り返ると、今月はなぜか色んな方から食事をご馳走になる月であった。

こちらが何かした事のお礼であったりとかそういう場合もあるんだが、そうじゃなく単純に「ご馳走しますよ」的なお誘いをいただいたりして、気がつけばこの20日間のうち5食がご馳走していただいたものである。
若い時ならいざ知らず、この歳になって20日間に5人の方から食事に誘われてご馳走してもらうってのはなかなかない事だと思うんだが、なぜみんなそんなに食べさせてくれるんだろう?

しかも、5人中4人が年下の女性である。
古臭いアレかもしらんが、自分の年代だと「食事は年上がおごるもの」とか「女性には払わせない」みたいなもんが基本的な教えとしてあったりしたもので、周囲からちょっとどうかしてると思われるかもな〜 とは考えるんだが、自分自身はそういうこだわりが全くないので、ご馳走してくれるなら喜んで遠慮なくご馳走になる。女性だろうが小学生だろうが構うもんか。
みなさま、ごちそうさまでした。


そしてこの後から来月にかけてはライブの多い期間になる模様。まぁ自分としてはって事で、もっとやってる人はたくさんいるんだけどね。
どれも自分にとってはちょいと密度の濃い気持ちを持ちそうなライブである。

まぁやることはいつも通りですが、毎回なんとなく色合いが違うステージになるかと思われます。


あ、あと8月に決まったライブも近々お知らせできるかと。

何卒よろしくどうぞ。



6/24(日)
【フライアーパーク開店20周年記念月間ライヴ】
場所:フライアーパーク(札幌市豊平区平岸4条7丁目)
OPEN/18:30~
START/19:00~
料金:¥1800 (1ドリンク付)
出演 : 辻正仁 / 小松大介 / Recall

7/1(日)
【好きな音楽Vol.4】
場所 : cafe CHI-MM (ちーまま)
札幌市中央区南3条西8丁目7 大洋ビル 地下1F
OPEN/17:10~
START/17:30~
料金 : ¥2000(別途 1ドリンクオーダー)
出演 : 橘亜耶 / 辻正仁 / 片岡大志


7/14 (土)
場所 : LOG(札幌市北区北14条西3 ゼウスビル地下)
START/20:00
料金 : ¥2000(1ドリンク付)
出演 : うけ丸 / 辻正仁 / 鹿野ケンジ / 小松大介


7/27(金)
【ageless】
場所:円山夜想<マルヤマノクターン>(札幌市中央区南1条西24丁目ヴィンテージビル地下)
OPEN/19:30〜
START/20:00〜
料金:2500円(1ドリンク付き)
出演: 辻正仁 / 木歩 / 蝦名摩守俊

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本日気分が良いので暴論を書く

Facebookではすでに報告済みなのだが

今朝、ものすごい量のウンコが出てですね。もう、誰かに報告せずにはいられないくらいの(笑)
「体の中身が全部出たんじゃないか」ってくらい。途中で何回か流したもんね。

なんでだろう? 毎日出してるんである。特に詰まっていたわけではない。
昨日出した後だっていつもより沢山食ったわけでもない。というか、いつも沢山食っている。

特にそれほど腹に抱え込んでいたような感覚でもなかった。
ただいつものように排泄しただけなんだが、出るわ出るわ。
一体、何が出て行ったのだろう?

これがパチンコ玉だったらどんだけ儲けたことか。

もう朝一で今日の全てをやり終えたような気分だったのだが、1日はそこから始まるのだった。
なんだこの充足感は?


と、そんな中
成人年齢を18歳に引き下げる法案が成立して、2022年から施行されるそうだ。
これ、酒もタバコも18からでいいってことかな?

まぁいいよ、わかりやすくなるし。

ただしだ、ついこの前もそう言う話をしてたんだけど、で、コレ随分前にどこかに書いたこともあるんだけど、20歳とか18歳になったらみんな画一的に成人になるんじゃなくてさ、審査制とか免許制にすればいいと思うんだ。

どっかまだ狩猟とかやってる社会では自己申告して、イニシエーションやって認められて成人として迎えられるってところもあるんだしさ、そういう「この人は社会の一員として独立し、貢献できる能力や人間的な資格を持ってます」って認定されて初めて成人っていうね。
ちょっと、オレ自信ないけど(笑)

だって、成人式で騒ぎ起こしたりとかしてそれこそ子供じみた真似して喜んでるのとかが成人ってことになってるんでしょ? それが今より年齢下がるんでしょ?

だったら18歳になったら成人認定資格審査みたいのがあって、それに受かって初めて成人になれるとかの方がよくないか?

そうしたら、世間一般の「大人の定義」ってのも共通認識として定まるし。年齢じゃなくて中身が問われることになるし。

まぁ、これ幸いに成人にならない奴はいるだろうし、最初の20年くらいは混乱したり困ったことになるだろうけど、認定制が定着した社会になれば、大半はちゃんと成人したいと考えるようになると思うんだけどな。

アレよ。
それで未成年に対する制限を今より厳しくするの。
成人にならないと酒もタバコもダメ、車の免許も取得できない。
就職もダメ、夜20時以降の外出は保護者同伴じゃないとダメで、遊び歩いてたら補導されるの。
もちろん結婚もダメ、30過ぎてて同棲したってそれは「不純異性交遊」だったり「淫行罪」になる。
18歳過ぎたら犯罪犯したら実名報道されるけど、年齢は伏せられて「○○太郎(38歳未成年)」とか顔写真付きで公表される。
あと、一回成人してもなんかやらかしたら資格剥奪するってのもいいかもね。
で、18歳以降であれば毎年審査は受けるチャンスがあるってことで。

そしたら「成人式」じゃなくて「成人認定式」だよ。出席するやつに偉い人の退屈で中身のない挨拶が我慢できずに騒ぎ出すような人はいなくなる。

そういうのが定着して、周囲がちゃんと成人資格取って社会生活できてるのに自分が子供扱いされるなら、割とみんな「ちゃんと大人になろう」とか思うんじゃないかね?
今、「お受験」とかって必死になってる親がいるらしいけど、そういう世の中になれば「18歳で資格の取れるまともな大人に育てなきゃ」って意識で教育するだろうし。
自分を含め、今の大人にそれができるかが問題だけど(笑)。

最初のうちこそいつまでも成人したがらないのはいるだろうけど、いい年して大人としての自由が効かないのは窮屈だろうし、そういう制度の社会になればやがては「大人の人格になる」ってことがもっと重要なことだって意識になるからね、子供の頃からそういう価値観が身につくだろうから、大人の自覚も育ちやすい。

そんな世の中になっても平気で子供でいられるんなら、それはどうせ大人としてダメなんでやっぱり未成年でいいんだよ。

っていう暴論を吐いてみたがどうだろう? 発想が子供じみてるか…。

少なくとも、ウンコの量について嬉々としてブログに書いてるような奴に資格はもらえないだろうな。
日本に生まれて良かったよ。







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Moonlight and love songs never out of date (『As Time Goes By』by Arthur "Dooley" Wilson)



今日は『時の日』なんだって。

大正時代、日本国民に「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう」と呼びかけるために制定されたらしい。
列車の運行とか見ると今や欧米以上の几帳面さがあるけどね。大正時代はもっとのほほ〜んとしてたのかな?

ちなみに、ワタクシ時間というものそのもの自体がどーも怪しいと思ってます。

もちろん、自分の中にも時間が過ぎていくような感覚はあるし、社会活動をする上での共通の認識として便宜上のそういう目安を設定しないと生活できないのも承知している。

が、ですよ。
実は地球上には生活環境によっては時間の概念を持っていない人もいらっしゃるんですよ。
「朝、昼、夜」的な感覚はあっても(多分、それは彼らの生活においても必要なんだろう)、時間の感覚や認識を持っていないのだそうだ。だから彼らはきっとカップ麺を美味しく食べる事はできないだろう。

彼らにとっては「朝、昼、夜」を繰り返しているだけで、それが365回繰り返されても、自分がひとつ歳を取ったという自覚もない。ってか、その社会ではただ「朝に生きて、夜も生きて」ということを繰り返しているんだね。

おそらく、人間以外の動物にも時間の概念はないだろう。
季節による行動も、「そういう時間がきたから」という認識で行動しているわけではない。
詳しい事は省略するんで、気になれば専門書を読んでくれ。

あと、物理学的な理論においても時間は過去から未来へと一方向に流れているわけではないらしい。ってか未来も過去も本当はないらしい。移動している物体(人間も含む)と定位置にあるそれとでも時間の流れは異なっているそうだ。
これも気の利いた書店とかにいけば詳しい本が並んでる。最近だとYouTubeとかでもそういう事を紹介した番組のアーカイブが視聴できる。面白いよ。

つまりは、時間というのはそれありきで生活が成り立っているものだけが必要な、その生活をつつがなく行うための「お約束」でしかないんだご思うのね。
「ややこしいからそういうことにしておきましょう」っていう。

その環境で生まれ育つからそういう「時間の感覚」やら概念があるだけで、時間の流れそのものが「錯覚」なんでしょうよ。

「時は金なり」という言葉があるが、そういう意味でも時間とお金ってのは似てるかもしれないね。
どっちも、それをお約束事として生活を成り立たせている人類の一部にしか意味もないし、価値もないものである。
時間も金も動物にとっては意味のないものだし、理解もできないだろう。

お金だって「コレで何かと交換できる価値があるってことにしときましょう」って、通じるものの間だけに共有される価値観である。

「そこにある水」とか「気温」とか「引力」ってのは動植物も、未開の地の人類にも、オレにも大事なものだけど、時間とお金はそうではないのだね。

まぁ、そう考えたところで自分がより多くの時間やらより多くの金を欲しがることには抗えないのだが。

子供の頃から「1年が365日なんだけど、公転周期の問題から4年に一度閏年がある」とかさ、時間、分、秒の移行は60進法なのに「1日は24時間」とか「1秒が経過する」ためのコンマの単位になると0.99秒の次に1秒であって60進法じゃないとかさ、「なんか無理矢理じゃないか?」って気がして、時間って胡散臭く思ってるんですよ。

時間って多分、公転と自転の運動から割り出してると思うんだけど、それが既に人間が理解する時間の流れとは違う運動してるんだと思うんだよね。
だから、「毎年必ず24時間が365回で1年」にならずに、4年に一度帳尻を合わせなきゃならんのでしょう。
あと、いつオリンピックやるかの目安にもしなきゃならんし。

もし本当に時間の流れが存在しているなら、地球が太陽の周りを一周するのに常にきっちりと分割できる(閏年の必要がない)分割法があるはずだし、公転周期だって毎年おなじなんだかどうだかわかりゃしない。

さっきも書いたように、だからって自分の中で時間が流れてるような意識は変えようはないんだけど、それだって同じ1分が長く感じる時もあれば短い場合もあるでしょ? だから時間って便宜上のお約束でしかないよなって思うのさ。

ってな事を考えて、こんなこと書いて無駄な時間を過ごすのが大好きだ。


『時の日』のコンセプトが台無し(笑)














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美しく誇らしく麻奈由らしく(前回の続き)


〜前回までのあらすじ〜

〜 チャリティーライブ【500L】に出演した辻は不謹慎な冗談に爆笑し、一晩で冷やし中華2人前と冷やしそうめん2人前と牛丼大盛りを食べ、翌朝空腹で目覚めて、樹さんに天ぷらをご馳走になる。
そして小太郎と遊んで首吊り痕を残しながらCHI-MMで昔の会社の上司との再会を果たし、いよいよ高井麻奈由のワンマンライブへと向かうのだった。〜

ってなことで、クラップスホール。
麻奈由ちゃんからわざわざ「是非みてください」って言われてたのね。
まぁ、彼女に関しては今年数年ぶりに一緒にライブやったり、オレがブッキングを任されたライブに出演してもらったりって中で色々と感じるものがありまして、見ておかないとって気になってもいたし。

超満員でした。
すでに座席はなく、後ろの方も人をかき分けないと移動できないようなアレで。

いかに素晴らしいライブであったかは、来場されたそれぞれの方がSNSなどで感想を述べているのが大量にアップされており、それだけで証明されていると思う。
とにかくね、バックの演奏もめちゃくちゃ良かった。今まで自分が聴いた高井麻奈由のバンドスタイルの中では最高のアレンジと演奏であった。バンマスのジョニーを始めとするメンバーの「グルーヴ」ってもんが今までよりも如実に現れた感じ。
終わってからジョニーと少し話しをしたんだけど「みんなちょっと大人になりました」って(笑)。そのニュアンスはよくわかる。

そして高井麻奈由のボーカルが本当に素晴らしかった。
改めて「いい曲書いてるよな〜」とも思った。

会場の後ろの壁にへばりつきながら、最初から最後まで踊りながら観てました。自分のライブの時くらい動いてたと思う(笑)


活動を始めてから10年。本当は特に何かをするつもりもなかったんだけど、お客様や周囲から「記念の何かをやってよ」との要請がたくさんあって、このワンマンをやることにしたと以前に話していた。
本人ではなくて聴いている人たちが「記念の瞬間を迎えたい」と望んでいたのね。それが彼女が10年やってきたことの最大の成果だと思う。

祝福のオーラをまとった彼女は色んな意味で美しかった。


このタイミングでこれまで発表してきた楽曲を、彼女を認めたDEENの池森秀一氏がプロデュースして編集したベストアルバムがメジャー流通された。


TEN.png


こっからはですね、自慢話が多分に混ざります。
ってか、これ自慢したくて書いてるんです(笑)
「こんな人の知り合いなオレは凄いだろう」って(笑)

さて、
そういう高井麻奈由に関する一連の流れがですね、最近のワタクシの「しみじみするモード」にがっつりはまってまして、昨年暮れあたりからかな?

数年ぶりに彼女の彼女の弾き語りのライブをじっくり聴く機会があって、すごく感動したのね。
活動を始めた頃から知っているんで、どうしても最初の頃の緊張で震えて萎縮しそうになりながら歌ってた女の子のイメージがあるもので。
それが、聴いている人を魅了するアーティストになっているのが、「こんなに立派になって〜」という親戚のオジサンに近い感慨があってね。

それでね、オレのバースデーライブのゲストに来てもらって以来、今年約5年ぶりに一緒にライブやって、その時に彼女がステージでのトークで
「始めた頃、自分が何をどうしていいか分からなくて悩んでた時に辻さんのライブがお手本になってくれました」みたいなことを言ってくれまして。

あんまり嬉しくて、【円山海月〜MaruyamaKurage〜】でもそのトークを使わせていただきましたが(笑)


そういうアレがボディブローとして効いていて、で、その翌週だったかに彼女が出演したライブの音響を手伝う機会があって、そこで新曲を歌ってる姿がね、曲もいい曲だったし、それ聴いてる時に知り合ってからの色んなことを思い出してしまって、もう泣けちゃって泣けちゃって(笑)
それ、Mickのブログでバラされてたけど(笑)

彼女が活動を始めてしばらくしてからのライブで僕が音響をやることになって、さっきも書いた通り、ものすごく緊張していて、今から考えると非常におっかなびっくりなステージではあったんだけど、その時に谷藤師匠に「この子、面白い曲書きますね〜」って言ったのはよく覚えている。

それから何度か音響やったり一緒のライブに出演する機会があって、自分のラジオ番組呼んだりもしたし。
最初の頃ってのは礼儀正しいし、素直だし、話せば明るいんだけど、なんか表情が強張ってるってか「どこかいつも張り詰めた感じがある子だな〜」って印象だったのね。勝手なアレだけど。

今思えば「シンガーソングライターとして、どうやっていけばいいんだろう?」とかそういう不安とか緊張とか迷いとかがあったんだと思うけどね。子供の頃にスポーツで全国大会の決勝まで行ってるってことだったので、そういうところで自分を追い込むストイックさも強く持っていてのことなんだろう。

それで、前述の僕のライブを彼女が観て(正直オレはただ調子に乗ってはしゃいでただけだと思うんだけど)その後に泣きながら駆け寄って来たのは覚えている。彼女曰く「私に俺の背中を見ろって言ってくれた気がした」んだそうだ。

それと前後して、何か長いメールを送って来て、ちょっとお茶でもしようかって結構な長い時間話をした記憶がある。その時に自分が彼女に何を伝えたのか忘れちゃったけど、まぁだいたい自分の言いそうな事は見当がつく。

それが知り合ってから2、3年の間のことだったかな?

その後、彼女はどんどん成長して、俺なんかが見たこともない景色をあちこちで体験していくのね。

で、5年前のオレのバースデーライブの時に「今やっとかないと、この先彼女はどんどん進んでいくから、一緒にやれる機会はそうないだろう」と思ってゲストに来てもらったのですよ。オレの思い出作りの一貫(笑)

その時に彼女と一緒に歌うために「うたをうたおう」って曲を書いたんだけどね、そんなまだ悩める日々を送っていた彼女のことを念頭に置きながら書いた曲であるのだけれど、このライブのためにリハをやった時もすでに彼女はもう「色々と経験してきました」ってのが現れていてね。
コーラスのところでオレが戸惑ってるのも「あ、そこ私がやります」みたいな(笑)

で、それから2,3年、予想通りなかなか顔を合わせる機会もなかったんだけど、久しぶりに誰かのライブに行った時に彼女がゲストで何曲か歌ってて、挨拶もできてさ。
歌もすごく良くなってたけど、トークとかももう堂々たるもんで感心しちゃって。
で、挨拶した時に、以前あった表情の強張りみたいなものが抜けていて「なんか柔らかくなったね」って言ったのを覚えているが、それがどうも彼女自身が色々と自信をつけたり肝が座った時期だったみたいだね。

とかいう流れがあって、今年ライブで一緒になった時に「辻さんが見本に…。」みたいな話ししてくれてさ、でこんなに素晴らしい姿になられてですよ。

そりゃ泣くだろう(笑)

こういうことを書きたいと思わせたのも昨日の彼女のライブがそうさせたのですから。

オレ、実は音楽に関しては「尊敬する先輩」ってのがほとんどいないんだけどさ、数えるほどしか。でも高井麻奈由のように「尊敬できる後輩」はたくさんいるんだよ。それ褒められたことかどうかはわからないけど。

なのであんまり相手が後輩だとか自分は先輩だとか思ってないってか、思えるわけがないっていうね。

それがなんだか誇らしいというかね。

大きな会場が満員になるワンマンライブとか、メジャーで作品リリースとか、自分もやりたいと一度は夢想したようなことである。

彼女だけじゃないけど、自分が関わったことのある若い人たちが、一生懸命にやってきてそういう事を実現させながら活躍する様を見せてもらえるのは、実に幸福な気分にさせてくれる。
そしてその過程でほんの少しでも自分が何かの役に立てる要素があったと思ってくれているなら、こんなにありがたい事はない。彼ら彼女らに自信をつけさせてもらってるんだな。

なんちゅうんだろう、そういう人たちが、ちょっとずつ自分の夢想やら希望やらをひっかけて、時にはちょっとした栄養にして羽ばたいて行ってくれているような気分。

みんなどこまでも遠くに高くに飛んでいけばいい。

それを眺めながら「あの鳥がちっちゃかった頃に、オレの肩に乗っかったことあるんだぜ」って自慢するから(笑)。
余計なものを背負う必要はないので、自由に軽やかにどうぞ。

ありがとね



utagoe18−06−07

ということで、滅多に自分で自分の写真を撮らない俺が、昨日はお願いして一緒に記念撮影。
光っているのはこの日の必須アイテム「LEDライト付き高井麻奈由ボールペン」である。


あらためて、
10周年おめでとうございます。










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